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 サイドにあるスリットにIDカードを通せば、空気の抜ける軽い音と共にメカニカルな扉が開く。
 機密ランクB。発令所要員及び許可を受けた者しか入れない、中央制御室だ。

 無数の大型ワークステーションの前では、専用のインプラント改造を浮けたオペレータたちが、忙しそうに作業をしている。
 その中央部。もっとも大型で複雑なワークステーションの前に、一人の少女が座っていた。
 その姿は、入り口付近からでもわかるほどに小柄。大型のワークステーションに半ば埋没しているようにも見える。
 入室した青年は、そんな彼女の姿を認めると、ゆっくりとそちらに向かって近づいて行く。

「??何の用だ?」

 彼が声をかけるより早く、彼女が言った。
 眼鏡越しの彼女の視線はモニタへ向けられたまま。しかし、その頭頂部にある物体は、彼が部屋に入った時から、彼の足音を追い続けていた。
 それは、猫のそれを模した一対の獣耳だ。
 失った聴覚機能を補うために、頭部に直接移植されたサイバー機器である。

 彼女と付き合いの長い青年は、入室してからというもの彼女のその猫耳が彼の足音を追い続けていることに気づいている。
 だから、彼は笑みを浮かべ、

「いや、疲れてないかなと思ってさ」

 その言葉に、彼女はキーを打つ手を休めようともせず、やや憮然としたように、

「昨夜、寝かせてくれなかったのは君の方だろう。まったく、君の体力は底無しか?」
「お前が体力無さ過ぎるんだよ。いつも機械ばかりいじってないで、少しくらい運動した方がいいぜ」
「そうか。なら、今夜も君の部屋に行くとしよう。??どんなスポーツより、その方が運動になりそうだ」

 相変わらずモニタから目を逸らさぬまま彼女は、しかし口元にわずかにゆるめる。
 それと同時、ただでさえかなりの高速だった彼女のタイピング速度がさらに加速した。

「おいおい、あんまり無茶するなよ?」
「作業が溜まっていてな。速度を上げなければ、君との時間が作れそうにない。
まったく、疲れた体にこれだけの作業量はかなり堪えるぞ」
「で、疲れた体に鞭打って、さらに疲れるために頑張ってるってわけか」

 呆れたような口調で青年は、しかし嬉しそうにそう言った。

「まあ、体の疲労と心の疲労は別物だ。確かに昨夜??いや、正式には今朝もか??はかなり疲れたが、非常に有意義かつ充実した時間だった。
叶うならば、今夜もそんな時間を過ごしたいものだ」
「何か手伝おうか?」

 そんな青年の申し出に、だが彼女は軽く首を振り、

「残念ながら、私の作業は酷く専門的でな。インプラント改造を受けていなければ手伝いすらままならないんだ」
「そうか。じゃあ、あんまり邪魔する訳にも行かないし、俺はそろそろ行くぜ。仕事、頑張れよ」

 と、青年は立ち去りかけ??ふと立ち止まって振り返る。

「二秒でいい。こっち向け」
「??何だ?」

 言いながら、彼はわずかに膝を曲げ、前傾姿勢になりながら顔を寄せる。
 言われて振り向く少女。
 振り向いた彼女の唇に、青年の唇が重ねられた。
 と同時。口移しで伝えられたのは甘く、そしてわずかにほろ苦いチョコレート。

 青年は言った通り、きっかり二秒で唇を離した。
 彼女は名残を惜しむように、口の中の甘くほろ苦いチョコの香りをなめる。
 見上げる彼女に、彼は悪戯っぽく微笑んで、

「補給できたか? 色々と」
「補給できたさ。色々と」

 応えるように彼女も微笑む。

「だが、これでは全然足りないな。残の分は、今夜たっぷり補給させてもらうとしよう」
「ああ。期待しながら待ってるぜ。じゃ、また今夜。俺の部屋で」

 そして青年は、今度こそ彼女に背を向け、ドアに向かって歩きだす。
 が、再び立ち止まり、ふと気になったかのように、

「そう言えば、お前ほどの人間がそんなにてこずる作業って、一体なんなんだ?」
「そうだな。専門的に言うならば、基地内の各システムに潜在的に潜むバグの調査や不具合や故障の早期発見を含む日常的業務??」

 そして彼女は言葉を切り、その一対の猫耳に相応しい、チェシャ猫のような笑みを浮かべ、

「分かりやすく言うなら??保守、だ」

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