「『吊革になりたい』だなんて、最近このスレのみんな、ちょっとはしゃぎすぎてる気がするな」 「そうかしら。そこが可愛らしいと思うのだけれど」 「可愛い? 子供っぽいの間違いじゃなくて?」 「その二つは対立概念じゃないでしょ? それに君自身、子供っぽいところが可愛いのよ」 そう言って、クーは背後からぼくの首に腕を回し、そっと唇をぼくのそれに近づけて くる。ぼくもそれを促そうとしたけれど、指先が緊張で震えているのが自分でもよく わかった。我ながらヘタレている。 もうなんども交わしている口付けなのに、ちっとも慣れることはないみたいだ。 彼女のその唇は、熱く、そして、とろけるように甘く。 「しかし、クーはこのスレが好きだね」 「私ね。このスレのSSを読むと、どれを読んでもなぜかとても懐かしくなるの。切なくて泣きそうになるのよ」 クーは突然そんなことを言い出した。 意外すぎる。 いつもクールに振舞う彼女だ。 ドラマでも小説でも泣いたことのない彼女だ。 その彼女が、そんなことを言い出すなんて思いもよらなかった。 「君は『火の鳥』を読んだことはあったかしら?」 「手塚治虫の?」 「そう。あの話の中で猿田彦は、あらゆる時代あらゆる場所で、さまざまな人生を体験するのよ。 何度も何度も転生を繰り返し」 「そういえばそうだったっけ。懐かしい」 「このスレのSSでもいろいろな場所、いろいろな時代の物語が紡がれているけれどね。実はそれらはすべて 本当にあったことのような気がするの。書き手は皆、無意識のうちに自らの記憶を投下していて。誰もが皆、 火の鳥と同じように、何度も何度も転生を繰り返し」 クーは真面目な顔で話を続ける。 「ここのスレに描かれていることは全て、過去の私が経験したことで。だからこのスレに投下している 人たちは皆、かつて私の知り合いだった人たちなのじゃないかしら。あるいは、私自身か」 「あはははは。でもその言い草は書き手の人に悪いよ。??コーヒー入れてくる。クーも飲むよね」 ◆◇◆ 「コーヒー入れてくる。クーも飲むよね」 そう言って彼は席を立つ。 どこか、あきれたような表情で。 「??ま、信じろとは言わないけれど」 私は肩をすくめひとりごちた。 電波に聞こえるかもしれないし、突拍子も無い話だし。信じろとは言わないよ。 でも私には、ぬぐいきれない実感がある。 このスレの SSを読んで感じる懐かしさ。狂おしいほどの切なさ。 それはとても言葉にはできないほどのものだから。 ??それから、ね。私の言っていることが本当なら、転生しているのは君も一緒なんだよ。 私は口の中でそっと呟いた。 剣の道を突き進む少年にも、『出会いはオナニー』から始まってすっかり彼女に振り回されながら、 実は結構芯のしっかりした男の子にも、挨拶にいって彼女の父親にオイオイ泣き出された彼にも、 じっと吊革になる青年にも、その誰の中にも、私は『君』を感じ取ることができる。 SSの主人公だけじゃない。 スレの住人にも、また。 私のために吊革にまでなりたいなんて、とても君らしい言動だ思うし、反対に迷惑行為だとたしなめる 生真面目さにも、やはり君の匂いを見つけてしまう。 それに何より、スレ住人の誰も彼もから、君から与えられるそれと同種の、私への暖かな 愛情がそこかしこにしっかりと感じられるのだから。 だから、私は思う。 このスレの住人は皆、『私』か『君』の生まれ変わりではなかろうか、と。 このスレを読んでいるあなた。 ちょっと自分の周囲を確認してみてほしい。 そこに、私の転生した姿は見当たらないだろうか? あるいは今後、転生先の私と出会う未来は、予想されないだろうか? 残念ながら、あなたとはしばらくは出会うことができないのかもしれない。この人生では 会うことのかなわぬ運命なのかもしれない。 でも、いつか。いつかきっと出会えるはずだから。 どこかにずっと、それを待ち望んでいる私もいるはずだから。 ばかばかしい妄想。 そう思う人もいるだろう。 でも、しつこいようだけれど私には確信がある。 だって、これが真実でないのなら、どうして彼と私は、 『勘違いしてまだ投下されていないSSの感想を言い合う』ことができるのだろうか ? それも、一度や二度ならず。 このスレを読む、すべての『君』と、すべての『私』。 どうかあなた方が皆、お互いを見出すことができますように。皆、幸せに過ごせますように。 『君』に出会えぬ『私』の生ほど、寂しいものは無いのだから。 願っても仕方が無いことだけれど。 それでも私は、願わずにはいられない。すべての『君』と、すべての『私』の幸せを。 「クー? コーヒー入ったよ。 ん? どうかした? 何、そんなに笑ってるのさ」 「ん、私って、世界一利己的な人間じゃないかと思って。ふふ。コーヒーありがと、今行くね」 私は PCの電源を落とし、彼の元へ向かう。 ??明日はこのスレで、素敵なSSが読めたらいいな。そう、願いながら。 そこに懐かく優しい記憶が記されていますように。そう、願いながら。 編注: part5:>>315以降の流れを参照 |