「先輩。」 「何や後輩。」 「1つ訊きたいことがあるんですが。」 「何や。」 「何か秘密にしていること、ありませんか?」 「例えばどんなん?」 文化祭の余韻も抜け周りはセンターへと突っ走っている中、俺は塾にも予備校にも通うことなく駅前のバーガーショップに入り浸っている。 安田はそこに当然のように付いて来て、当然のように向かいに座っている。 今は一食食べ終わって休んでいたところだ。そこに唐突に質問された。 「女性関係です。」 例えば、と訊いたのに断定して答える。 「最近、私に余所余所しくないですか?」 「それは元々と違うかったっけ?」 「確かに先輩が私に冷たいのは最初からですけど、少しずつ優しくなってくれていました。」 サラリと『冷たい』と言われた気がするが、問題はそこではない。 「気のせいやろ。」 「……そうですね。」 まだ疑っているようだがここは攻めない方がいいと判断したのだろう。 とっくに空になった紙コップを持ち上げストローに口をつけるとズゾゾッと不快な音をさせる。 俺は内心ヒヤヒヤしていた。一応、やましいことは何もしていないのだが。 ………………………… 文化祭で偶然にもあの人と再会した俺は、その場で話し込みたい衝動を抑えて連絡先を訊いた。こちらもクラスの仕事があったし、向こうも友人連れだったからだ。 あの人の友人は先に行っているから、と踵を再び返して去っていく。その場には俺とあの人しかいない。 あの人はにっこり微笑むと携帯を突き出すと、慣れた手つきで自分の番号とアドレスを呼び出した。 「大学、こっちに来てん。それで交換する機会も多かったし慣れてもた。」 苦笑しながら画面をこちらに向けて手渡ししてくれる。俺はその画面に映った文字を自分の携帯にゆっくり打ち込むと、少しためらってから返した。 「どしたん?」 「あ、いや……」 「私と少しでも一緒にいたいからとかやったりして?」 今度は少し小馬鹿にしたようなニュアンスの笑みだ。ころころと笑顔が変わるところは昔と変わっていない。 「図星なんやろ。」 「……うん。」 「素直なところ、変わってへんなあ。」 彼女は自分の携帯を受け取りながらうれしそうに目尻を下げた。 それ以来、日に何通かのメールのやり取りをしている。とは言ってもお互いの近況や身の回りで起こった出来事などを報告している程度なのだが。 あの人と元鞘に戻るかなんて考えたことも無かったが、俺が望めばまた昔みたいに手を繋ぐ仲に戻れるのだろうか。 ………………………… 「今度の土日、暇ですか?」 氷まで噛み砕き、完全に空になった紙コップをトレイに置くと喋りだす。 「土曜日は暇、日曜日は無理。」 毎週のようにこうやって家に呼ばれているので、いつものように答える。 「……いつも思うんですが。」 「なんや?」 「どうして日曜日は暇じゃないんですか?」 もう数える気も失せるほど誘われたが、その度日曜は暇ではないと言い続けてきた。それを今更ながら怪しいと思ったんだろう。 「何でって……家業の手伝いしてるだけやで。」 「か……ぎょう……って?」 首を捻り瞳に『?』を浮かべながらぼそぼそ言っている。こいつにはまだちゃんと言ってなかったか? 「俺、卒業したら親戚のとこで働くんや。3月頃にはもう学校行かんようになるし、それまでに早よ仕事覚えなアカンから。」 本当は土曜日も行ったほうがいいのだが、今はその分を平日の放課後に埋め合わせている。 「そういえば先輩は就職すると言っていましたね。どちらにお勤めの予定ですか?」 「親戚の手伝いするだけ、みたいなもんやから、ちゃんとした就職とは言えへんとは思うけどな。」 「で、どちらに?」 話題を逸らせようとしたがダメだったか。舌打ちをしてじろりと睨むが彼女は意に介さない。 「言うたら絶対押しかけてくるやろ、仕事先に。」 「妻として勤め先を確認するのは当然だと思いますが。」 「…………」 「どうかしましたか?」 「…………」 「あの、その。」 「…………」 「突っ込んでくれると思ってたんですが、放置プレイですか?」 「何で黙ったか分かってるんやったらこれ以上訊きな。絶対教えへんからな。」 で、その週の日曜日。 朝、かなり早い時間に家を出て親戚のやっている店に到着すると、何故か背後に安田がいた。 「なんでおるん?」 「尾行しました。」 「素直なのはええことやな。……ちょっと来い。」 店先で言い争うわけにもいかず、少し離れた公園まで引っ張っていく・ ちなみに親戚の店というのは伯父夫婦がやっている和菓子屋のことだ。 元々俺の祖父母が開いた店だったのを伯父が継ぎ、今ではこの辺りでは少しは名の知れた店となっている。 幸い始業時間まではまだ間があったのでそれまでに説得して家に帰らせたかったのだが、彼女も強情でなかなか帰ろうとしない。 昔のこともあるので親戚にこの光景を見られるのはすごく不味いんだけど…… 30分も押し問答をしていると流石に疲れてきた。イライラしてきたが怒鳴りつけるのも大人気ない。 「帰れ言うたら帰れ。もう始業なんやから。」 「それなら仕事ぶりも見ていかないと。」 「……ええ加減にせえよ、あんまり俺を怒らしな。」 「怒らせるようなことはしていないと思いますが。」 暖簾に腕押し、糠に釘。何を言っても自分の意見を変えようとしない安田に、段々と沸点が近付くのを感じる。 「どうしてそんなに嫌がるんですか?理解できません。」 彼女としては特に大きな意味は無かったのだろうが、この一言で限界を超えた。頭に血がかあっと昇る。 「中学の時、俺が何をしたんか知ってるやろ。知っとったら俺が親戚にどんな風に見られてるんかも想像つけへんか!」 感情的になって吐き捨てる。安田は一瞬はっとした表情を見せると下を向いてしまった。 「……帰ってくれ、頼む。」 俯いた彼女の顔を覗き込むことも出来ず、それだけ言うと俺は背を向けてその場から離れた。 その日は1日中上の空で働いていた。店頭で接客をしては注文された商品の個数を間違え、裏に引っ込んでは積んであった段ボール箱を崩してしまう。 あまりに邪魔ばかりするので、ついには伯父さんに雷まで落とされた。流石にそれ以降は大きなミスはしなかったが、それでも安田のことが頭から離れなかった。 夜、仕事が終わってロッカーに戻ると、置いてあった携帯を確認する。着信履歴もメールも無い。画面を閉じて溜息をつく。 怒鳴りつけたのは完全に俺の都合なのは分かっている。でもここにまで来られるのは困るのだ。 喉に綿を詰めたような息苦しさを感じて、俺はもう一度溜息をついた。 とりあえず安田にメールを送ろうともう一度携帯を開くと、突然電話がかかってきて震えだした。驚いて取り落としてしまうが、すぐに拾い上げ通話ボタンを押す。 「もしもし?」 「もしもし。今ヒマ?」 携帯を取り落としてしまったので誰からの着信かの画面の表示を見ることが出来なかったが、声で誰かがすぐ分かった。あの人だ。 「別に予定は無いで。」 「それやったら晩酌の相手でもしてくれへんかなあ?1人でビール飲んどっても寂しいねん。」 電話口の向こうで陽気にけらけらと笑っている。かなり気分がよくなっているようで声のトーンが高い。 「自分、まだ未成年やろ。」 「細かいこと言いな。大学入ったら飲まされるんやでぇ。……なぁ、おいでや。」 誘われて悩む。あの人の下宿はどこにあるのかは教えられてはいるが、どうしても変な事を期待してしまう。 でもあんなことがあったのだ、SEXをするわけにはいかない。それは向こうも分かっているだろう。 「……ほんなら行くわ。30分くらいかかるけどええ?」 本当に飲みに誘っているだけなのだと自分に言い聞かせて返事をした。 「近くまで来たら連絡してな。迎えに行くし。」 「うん、分からんかったら電話するわ。それじゃ。」 俺は電話を切るとコートを羽織った。もう外は真っ暗だし、少し厚着をしないと寒いくらいだ。 店からの最寄り駅まで歩きながら安田の携帯へ電話をしてみるが、数コールの後、留守番電話に切り替わってしまう。 いつもなら3コールも置かずに電話に出るのに、何かがおかしかった。 とりあえずメールでも打っておこうと思い、言いすぎて済まなかった、もう怒っていない、といった内容のメールを送信しておく。 もしかしたらもう寝てしまったのかもしれないし、連絡が来なくても変に焦らないようにしようと自分を落ち着かせた。 彼女の下宿の最寄り駅まで数駅、そこから教えられた辺りまで歩いてから電話をするとすぐに迎えに来てくれた。寝間着の様なジャージの上にコートを羽織っただけの軽装だ。 「いらっしゃい、寒かったやろ。早よ部屋行こ?」 彼女は俺の手を握るとぐいぐい引っ張っていく。その暖かさと柔らかさに一瞬中学生の頃を思い出す。 少し涙が滲んだのを誤魔化すように大きく鼻をすすり上げた。 初めて入る彼女のアパートは意外と広かった。それでもタンスやコタツが引っ張り出されていて足の踏み場を探すのは難しい。 それでも何とかコタツの一角まで辿り着くと腰を下ろした。晩酌と言うにはかなり早い時間帯から飲み始めていたようで、空き缶もつまみもそこら中に散らばっている。 「暖房入れてるしあったかいやろ。」 彼女は台所からグラスを1つ持ってくると、俺の背中を抱くようにして腰を降ろす。 「何すんねん。」 「アンタが座っとるとこ、ホンマは私の場所なんやで?ヒトの場所とっとるくせに文句言いな。コート脱がすで。背中、冷たいしな。」 羽交い絞めをするように俺の喉元まで腕を回すと、器用にボタンを外していく。全て外すとコートを無理矢理下ろして背中に頬ずりをしてきた。 「あったかいなあ。自分の背中、好きや。」 ずり下ろされたコートに手首をロックされてしまい俺が抵抗できないのをいいことに、後ろからの手が俺の胸や腹を撫で回す。 「大きくなったなあ。昔と違って、丸みが無くなってもうた……」 残念そうに腹の辺りを何度もなぞってくる。我慢できなくなって無理矢理コートから手を引き抜くと手を重ねた。 「止めよ。それ以上されたら、俺、我慢できんようになる。」 彼女の手を強く握り締めたが、撫で回す動きは止まらない。 「我慢、せんでいいよ。……ウチもそのつもりやったし。」 その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。 「……そんなん、したらアカンやろ。」 飲み込んだ息をゆっくり吐きながら喋る。吐き出した息と一緒に体温が奪われていくように感じる。背中に当たる彼女の身体が温かい。 「そんな嫌がっても口と身体は別みたいやで?ほら、大きなってる。」 彼女は俺の手を振りほどくと、自由になった手がジーンズのジッパーにかかる。 「止め、言うてるんや。」 「前からの方がええん?」 「そうやない。ホンマに止めてくれ。」 ようやく手が止まる。彼女は空いた両手の置き場所に少し迷ってから、俺の腹に置いた。暖かくて柔らかいのが服を通じてでも分かる。 「……なんやねん、そんなキツう言わんでもええやろ。」 「だって止めてくれへんから。」 「別にええやんか。今日、大丈夫な日ぃやし、いっぱい、中で出してもええんやで?」 その言葉に軽い絶望感を覚える。仮に今日が本当に安全日だとしても万一ということがある。彼女はあんなことを繰り返したいのか。 すぐに引っ越してしまった俺と違い、彼女は向こうに残ったはずだ。俺以上に辛い目に遭っているはずなのに、どうしてしようという気になれるのか。 「もしかしてウチのこと嫌いになったん?」 そうじゃないんだ。今でも君のことは好きなんだ。でも。 「Hは出来へん。」 「勃たへんとか?」 「そうじゃなくて!」 言いたいことが伝わらずにイラついて声を荒げてしまったが、彼女はビクリともしない。俺がどうして怒っているのか分からないのだろうか? 彼女は無言で立ち上がると手を伸ばしてコタツの上の缶を手に取った。 「……ウチはアンタのこと、好きや。好きで好きで堪れへん。でもあんたが受け入れてくれへんかったら、ウチどうしたらええの?」 手の中のチューハイを開けるとぐいぐい呷りだした。あっという間に空にしてしまうと、残ったゴミをコタツへ置く。 俺は何も出来ないで黙って見ていたが、彼女は甘ったるくて酒臭い息を吐き出しながら崩れ落ちてきた。咄嗟に受け止めると覆いかぶさるようにしてキスをしてくる。 舌で唇を割られてチューハイの甘さとアルコールの苦さの同居した唾液を流し込まれる。甘くて苦くて懐かしい味だ。 侵入してきた彼女の舌は俺の口の中を次々に蹂躙していく。歯列を舐め回し、顎をこじ開けて口蓋や舌を滑っていく。 「ん、ちゅ……ちゅく……ふ、はぁ、じゅるっ……」 唾液の交わる音が耳に響き、アルコールで少し上がった体温が舌を通じて伝わってくる。押し倒された上に口を塞がれて息が苦しい。 彼女はというと恍惚とした様子で必死に舌を吸っている。彼女の口の端から涎が垂れると俺の首筋へ流れ落ちた。 大人になって一層可愛らしくなったと思うし、すごくそそられる。だけど昔とは何かが違った。 「なんで?」 一旦唇を離すと不満そうな声をあげる。彼女が舌を絡ませようとしても俺が動かなかったからだ。舌が奥に引っ込んだままではどうしようもない。 「だから、止めようや。」 「だからなんでぇな。Hしたくないん?」 「何で嫌がってるんか分からへんのか……?」 「言うてくれな分からへん。」 その言葉に頭が真っ白になる。昔は言わなくても分かってくれたじゃないか、と喉元まで出かかって、そして気が付いた。 今も彼女のことは好きだけど、それはきっと愛情ではないのだ。昔を懐かしむ一種の郷愁という言葉が一番しっくり来る、そんな感情だ。 俺にとって彼女は過去の人になってしまっている。 「ゴメン、俺、帰るわ。」 もう逃げるしかない。答えを先送りにするしかないなんてあまりいいことだとは思えないが、それしか選べなかった。 なんとか傷付けない言葉を探してみるが見つからない。最後に言う言葉はもう決まっているからだ。 「ウチのこと嫌いになったん?」 「……違う。多分、いきなりでびっくりしただけやから。」 嘘を吐いたせいでまともに顔が見れない。顔を逸らすようにして後ろに回した腕にほんの少し力を入れて抱きしめる。 恐らく時間にして2、3秒。鼻先に茶色がかった髪が揺れて甘い匂いが鼻腔に広がる。 「……ホンマに、ゴメン。」 腕を広げて立ち上がり、くしゃくしゃになったコートを拾い上げて着直すと、部屋を後にした。 俺が出ていくまで、彼女は一言も話さなかった。 この時期になるともう夜はグッと冷え込む。強い風に煽られないようにコートの襟を合わせると駅へ歩いていく。 いろいろなことが頭の中に渦巻いてぐるぐる回っている。 昔のこと、今のこと、これからのこと。全部があの人に関係のあることで複雑に絡み合っているからいくら考えても答えが出ない。 ふと気がつくと見知らぬ場所に出ていた。考え事をしながら歩いているうちに道に迷ってしまったらしい。 「参ったな……」 この辺りに来ること自体初めてだったし、彼女のアパートの近所までの道はなんとなく覚えているが、そのルート以外はからっきしだ。 辺りを見渡しても耳を澄ませても電車の音も大通りの車の走行音も聞こえない。夜中の住宅街だから人も歩いていない。 とりあえず歩き回るしかないか、と来た道を振り返ると、見知った影が立っていた。 「先輩。」 「お、前……!」 安田だった。 「びっくりしましたか?」 口元を軽く持ち上げて薄く笑んだ表情のままこちらへ歩み寄ってくる。 「なん……で……?」 今朝、家に帰れと言ってから顔を合わせていないのに。 「後を付いて来たからに決まってるじゃないですか。」 何を当たり前のことを、と言いながら目の前まで来る。こんなところに何か用事があったのだろうか、という虫のいい期待は脆くも打ち砕かれた。 「ああ、ちゃんと家には帰りましたよ。仕事の終わる時間を見計らってもう一度お店のほうに向かったんです。ずっと外にいても風邪、引いちゃいますし。」 言いたいことはそういうことじゃない。だけど声が出なかった。安田はそんな俺の手を取り自分の胸へと収めると横へ並ぶ。腕を組む格好だ。 「帰りましょう?私は道、分かりますから。」 そのままかなり強い力で引っ張っていこうとするので、俺はつんのめってバランスを崩してしまう。 「ま、待てって、ゆっくり歩いたら……」 「一刻も早くここから離れたいんです。」 こちらを見もせずに言う。いつもの強情さとは少し違う色が混じっていて、俺はそれ以上何も言えず駅まで引っ張られていった。 「……家まで、送ってこうか?」 改札を抜けて電車に乗る直前にようやく言えたのはその一言。それまでこちらを見ようともしなかった安田がようやくこちらを見上げる。 「お願いします。」 言ったきりまた前を向く。目の前には広告看板さえ無いというのに、何かを見つめるようにじっと視線を逸らさない。 「なぁ。」 「なんですか?」 「何か……言いたいことでもあるんか?」 「何もありませんよ。」 今度は視線をこちらに向けることもしない。右腕はまだ彼女に絡め取られたままだというのに大きな距離を感じる。 「何にも無いこと、無いやろ。」 空いた左腕で彼女の顎に手を当てこちらに向かせながら言ったが、すぐにプイとそっぽを向いてしまう。 「少し、訊きたいことはありますけど、今の状況で何を訊けと言うんです?」 いつも通り静かな口調だが明らかに怒っている。その証拠に抱きしめられた右腕にかかる力が強くなってきていた。 「何か言うべきなのは先輩でしょう?」 「俺が?」 「まだ何も教えられていなくて、情報なんてこれっぽっちも無い状況で、何を怒れと言うんですか。」 俯いて、吐き捨てるように言葉を地面にぶつける。彼女のそんな様子を見たのは初めてだった。 「……何から、話せばええ?」 「全部です。今日のこと全部。最初から最後まで。包み隠さずに。私の部屋でお話してください。」 明日は月曜日だ。それは安田も分かっているはず。それでもこんな時間に家に来いと言っているのだ。 「分かった。」 そう言うしかなかった。 1時間ほど後、彼女の部屋で。 「そういうことなら早くに言ってくれればいいのに。」 「……昔の彼女と会うたなんて、言えるわけ無いやろ。」 洗いざらい吐かされて俺はぐったりしていた。変に嘘を吐こうものなら金輪際口を利いてもらえなくなりそうな雰囲気を振りまいて目の前に迫っていたからだ。 結局キスをされた辺りのことはぼかしつつ、用事を思い出したから帰ることにした、とだけ嘘を吐いた。 「どうしてですか?」 「何が?」 「私に言えない理由ですよ。」 「あっ……と……」 特に理由は無いはずなんだけど、どうして言えなかったんだろう。それが分からずポカンと口を開いたままにしてしまう。 「どうしたんですか、そんなに呆けた顔をして。」 「あー、いや、特に理由は無いと思うんやけど……何で言わへんかったんか、自分でもよう分からん。」 皆目見当がつかずに頭をポリポリと掻く。 「そうですか。それならいいです。」 口の端をほんの少し持ち上げると顔を寄せるようにして擦り寄ってくる。2人が乗ったベッドが軋み、その距離を近付けるように真ん中が凹む。 「先輩。」 「何や後輩。……近いねん。」 「エッチ、しましょ?」 「お前なぁ……」 明日は月曜だろう、と言ってみるが彼女は取り合わない。 「先輩はもう3年生ですし、私は1日休んだくらいじゃ進級に響きませんよ。……それに、先輩に愛されているんだって再確認したら、疼いてきちゃって。」 俺の手を取るとスカートの中へと誘う。さらさらとしたタイツに柔らかい生地のパンティと2枚も布地を挟んでいるのに、そこはしっとりと湿っていた。 「愛、されてる?」 指先の感覚に集中しながら、先程の彼女の発言を反芻する。 「は、ひぃっ!」 彼女が返事をする瞬間に偶然、クリトリスを弾いてしまい語尾が跳ね上がる。見ると目が潤んで息も荒くなっている。 その様子が可愛らしくて更に弄ると、身震いを何度かしてこちらに倒れてきた。それを受け止めて、座ったまま抱き合う形にして指は動かし続ける。 「だって、『今の彼女』に気を遣って言わなかった、んんっ、でしょう?」 熱い吐息と共に耳元で言葉を紡ぐ。耳たぶがくすぐったい。 「……言われてみればそうかも知れへんな。」 考えもしなかったことだけど、自分の中で安田の存在はかなり大きくなっていたようだ。それも、あの人の存在と入れ替わるくらいには。 それは過去の自分を全て否定するようで恐ろしいし、やっと新しい自分を認められるようになれたのだとうれしい、そんな複雑な感情だ。 これ以上安田に踏み込んだらあの人を忘れてしまう。けれど安田を好きでいる今も心地いい。 どちらかを手放してしまうことは辛いけれど、不器用な自分では両立させることなんてとても無理だ。いつかは決断しないといけないだろう。 「せ、んぱいぃぃ……」 「ん?何や後輩。」 「そんなに、弄ら、ないでぇ……イッちゃいますぅ……」 考えながらも指先は止めていなかったから、彼女はもう限界らしい。声が震え続けているし、目尻からは涙がこぼれて、一筋、光の筋を作っていた。 そこを舐めあげて瞼にキスを落とし、鼻に落とし、唇へ落とす。唇が触れるよりも早く、お互いが伸ばした舌が先に触れ合う。 音を立てて唾液の交換をしながら指の動きを更に激しくすると、彼女はむーむー、抗議の声を上げようとする。仕方が無いので一旦唇を離してやる。 「ひどいです。はぁ、はぁ……私はこんなに感じてるのに、まだし足りないんですか?」 「足りへん。だってお前、もっとしてほしい、ちゅう顔しとるで。」 「……そんな顔、してません。」 恥ずかしいのかそれとも興奮しているのか、頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。その仕草も何もかもが愛おしく、つい苛めたくなってしまう。 「へえ?こんなんしても?」 言って指先に力を込め、ほんの少しだけ裂け目へ指を埋める。それまでの表面を撫でるような動きとは違い、強引に埋めて動かす。 もしかしたらタイツを破ってしまったかもしれないが、こんなに愛液で濡れてしまっているんだからもういいか、と少々乱暴にこすりあげた。 「あっ、ひゃあぁぁ……っ!」 掠れた声を上げるとしがみついてくる。少し刺激が強すぎたようで、暫くの間目の焦点が定まっていなかった。 そんな彼女にもう一度軽くキスで触れると、すぐに反応が返ってきた。蛇のようにチロチロと舌を出したり引っ込めたりして俺のキスに応える。 「一晩中、SEXしましょうね?」 「……そういうこと言いな、はしたない。」 言われなくても、ここまで来たらこっちだってそのつもりだ。 滴るほど濡れたタイツとパンティを全て脱がしてしまうと、薄い繁みを通り抜け、その下の割れ目へ手を差し入れて愛撫する。 そこは下着越しに触る以上に柔らかかった。今下着を脱がせたばかりだというのに、愛液が内腿を伝っている。 その垂れた愛液を刷り込むように大陰唇を何度も擦ると彼女は大きくかぶりを振った。 「んっ……中、触ってえっ!」 直接触られる機会だというのに周りをさする動きしかしていなかった俺に、安田が焦れて腰を振る。 俺はその要求に応じて人差し指をほんの少しだけ突き入れると、すぐに引き抜いた。 「先、ぱいぃ、抜かないで、もっとぉ……」 「じゃあ指だけでええん?俺も我慢出来へんねんけどなぁ。」 ニヤっと笑って、息も浅く目もうつろな彼女の鼻の頭に少し歯を立てる。その刺激で我に返ったのか、一拍置いて慌てだす。 「指だけで……?嫌、嫌です。ちゃんとHしてください……ねぇ、早くぅ!」 彼女は言いながら俺のジーンズのベルトに手を掛けて、カチャカチャと音を立てながら脱がされる。 そんなに慌てなくてもいいのにと内心苦笑しながら、したいようにさせてやる。 正常位の格好で、痛いほど張りつめた分身を彼女の入り口へ押し当てる。愛液が噴き出している泉の縁を数度撫で、潤滑油を塗してから押し込む。 「くううぅぅぅ!」 彼女は声を上げて俺を受け入れた。腰を動かさずに顔を覗き込むと、犬のように浅く荒い息を繰り返す安田に睨まれる。 「早く、動いてぇ……」 頭の芯が痺れそうな声音で懇願される。涎が垂れて、口の端からキラキラと糸が首筋に落ちている。 ああもう、何でこんなにエロくて、こんなに可愛いんだ。首筋から涎を舐めあげると唇を塞ぐ。舌を吸い合う。 「う、むっ……ちゅ、ちゃ、んんっ!はふぅ……じゅっ、じゅる……」 息継ぎを細かく挟みながら口での触れ合いを続ける。左肘を彼女の耳元に置いて体重を支えられるようにすると、自由になった右腕を胸に伸ばす。 上着をめくり上げてブラジャーをずらし胸をあらわにすると、裾野から触ることをせずにいきなり頂を摘み、軽く捻りあげる。 「ひぐっ!……ふむっ、ちゅっ、ちぃぃ……ぷはっ!」 唾液を流し込み、また流れ込んでくる。そのやり取りを愉しんでいたら息継ぎをするのを忘れていた。彼女に突き放されるようにして唇を離す。 「……せんぱいぃ、おっぱいばっかりじゃなくて、下も動いてぇ……」 「嫌や。」 答えてキスと掌での愛撫を続ける。どこか触るたびに下半身がきゅうきゅう締まるのが気持ちが良くて楽しい。止められない。 不意に下半身の繋がりが動いた。唇を離して下を見ると彼女が自分で腰を振っている。 「せんひゃい、動いて、くれない、から……」 呂律が回らないまま顔を真っ赤に染めて身体を揺すり続ける。彼女が1つ動く度に襞が絡むように動き、腰の辺りをゾワゾワと行き来していた快感が一気にせり上がってくる。 「ちょ……っ!」 「先輩も、気持ちいいの?……じゃあ、もっと動きますね。」 そう言って大きく動き出した。負けじと俺も指と舌をさらに動かす。 暫くすると、急に一点を攻めるように少し腰を浮かして小さく震えだした。 「はぁ……はぁ……ここ、ここ、きもちい……っ!」 触れているその部分だけに小刻みに擦りつけているのか、腰を浮かせるという少々不自然な体勢にもかかわらず、結合部分は殆ど動いていない。 「先輩、先輩、先輩……っ!」 俺のことを呼びながら身体を揺らせ続ける。自分で生み出す快感を全部受け止めるのに必死なのか、金魚のように口をパクパクと動かし呼吸も途切れ途切れになっている。 「気持ちよすぎて……腰、かっひぇに動いちゃう……っ!」 少し長くなってきた髪を振り乱してかぶりを振る。自分の身体の制御が利かない様子で、痙攣を起こしたように身体を揺らし続けていた。 この辺りが頃合だろうか。俺も我慢出来なくなってきた。一言、動くぞと耳元で呟いてやってから、大きく腰を行き来させ始めた。 「ひゃうっ!」 さっきの呟きが聞こえなかったのか、俺の動きに虚を突かれたようだ。全身の震えのような動きが一瞬治まる。 2回、3回と突いてやる度、彼女からはさっきよりも大きな嬌声が上がる。涙で濡れる瞳を見つめていると滅茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られる。 そんな衝動をぶつけるように何度も突く。腰を引いたときに見える、掻き出された襞が劣情を余計に刺激する。 「やっ、あっ、せっ、ぱいっ、イッちゃう、イッちゃうよお!」 彼女は空いた腕を俺の背中に回すと抱きついてきた。俺は彼女の身体にぴったりと圧し掛かっていたわけではないので、彼女の身体が浮き上がりぶら下がる格好になる。 少し重かったが両腕をついて彼女を潰さないよう支えてやると、更に動きを激しくした。1つ突く度に身体が揺れ、彼女の胸が押し付けられて俺の着ている上着と擦れる。 ああ、脱いでおけば擦れて気持ちよかっただろうな、なんて馬鹿な事がチラと頭の隅を走りぬけた瞬間、彼女の身体が弓なりにしなった。 「はううぅぅぅっ!んんんっ……!」 一度叫ぶと、今度は声を殺すように俺の肩に口元を埋め、また叫び続ける。顔を真っ赤にして、きつく閉じられた瞼からは涙がこぼれている。 どうにも表現できない感情が生まれて頭を撫でる。きつく抱くと壊れそうで、でも壊してしまうほどに抱きしめたい、そんな変な感情。 今のこの気持ちは、昔、あの人に対して抱いていた感情に似ている。そしてそれは、今日のあの人に対しては生まれなかったものだった。 * * * * * 「こうやってヤキモチ妬くのも、たまにはいいものですね。」 数回戦を戦い終え、2人でベッドに並んで寝転がっている。既に裸同士だ。 「あ、でも、だからといって浮気はダメですからね?」 「なんや、楽しいんやったらどんどん外行ったろ思たのに。」 俺の肩越しに見上げてくる彼女の頭を撫でる。彼女はくすぐったそうに首をすくめると、俺の身体の上に乗りかかってきた。 重いと文句を言うが聞き入れられず、逆に抱きついてくる。 「恥ずかしがって、かわいい。」 「恥ずかしがってなんか……」 「嘘つき。先輩が何を考えているのかくらいは分かるんですよ?」 私は先輩の彼女だから、と付け足して、胸板に頬擦りをしながらそのまますやすやと眠りについてしまう。 「……っとに、聞き分けは悪いくせに、寝つきだけはええんやから。」 降ろそうとも思ったが変に揺り動かしても起こしてしまうだろうと思い直し、暫くの間我慢することにする。 満足そうに眠る彼女を抱きしめて俺も目を閉じた。こういうのを幸せというのだろうか。 |