私が始めて京ちゃんと出会ったのは、9歳の時だった。
その頃の私は、人付き合いが下手糞で、そのくせ意地っ張りなのでよく他人と意見が合わないとすぐ口論になっていた。
そして口論では必ず私の家が一般的に見れば金持ちに入る部類であることが、槍玉に挙げられた。
「お前は家が金持ちで、何でも買って貰えるからそんなことが言えるんだよ!!」
それに対して私がどんなに必死に弁解しても、周りのクラスメートは[金持ち=なんでも買ってもらえる]という子供らしい理論を信じたらしく、私は学校ではみんなからは避けられいつも一人で遊んでいた。
そして3年生になった直後、転校生がやってきた。
転校生の彼は、周りから好かれる性格をしており、いつも周りには友達がいた、私とは対照的だった。
私はそんな彼に憧れていた、彼のようになりたいと思った。

だが、彼が転校してきて少し過ぎたある日。
転校生の彼は全く自分と対照的な私に目をつけたのか、友達と一緒に私をいじめ始めたのだ。
最初はただ、からかってるのかと思っていた、だが次第とエスカレートしていき遂には殴ったりけったりしてきたのだ。
だが意地っ張りなのが災いして、私は親にも相談できずにいた。
そしてその日も公園に呼び出され、侮辱の言葉と共に暴力を振るう、
辛いならば行かなければいいのだが、ここでも私の意地っ張りが災いした、行かないと何かに屈した気分になりそうで嫌だったのだ。
だが、今までは我慢してきたが私にもとうとう限界が来た。
「う……うぅ」
目から涙が溢れそうになる、我慢しようにも止まらない。
「やめろよ!、何してるんだよ!!」
その時だった、ほとんど叫び声に近い声が公園に響き渡った。
その声が誰の声かは分からない、だが声質から、私をいじめている奴らと同じくらいの年頃の男の子だと分かった。
私がその声の方向を見ると、そこには私より少し背が小さめの男の子がいた。
「何って……決まってるじゃん、悪者退治」
いじめグループのリーダーである転校生の彼はその声に一瞬驚きを見せるが、男の子の方を見ると悪びれもせずにそう答えた。
悪者とは当然私のことだ、彼らに言わせると金持ちは悪い奴、ということらしい。
「そういうのはいじめって言うんだよ!とにかくやめろ!!」
「何でそんなに必死なんだよ…………ああ!お前も悪者だなぁ!!」
転校生の彼がそういうと周囲の彼の友達もそれに賛同する。
「そうだよ、あいつも悪い奴なんだよ、だから清宮なんかかばうんだ!」
「悪い奴悪い奴ー!!」
そういっていじめっ子連中は、転校生の彼に続いて特撮のヒーロー気取りの動きで男の子に近づいていく。
男の子は逃げる様子も無く、自分の周りを囲う彼らの様子をただ見ているだけだ。
「ライ○ースティ○グ!」
そして、これまたどこかで見たような特撮気取りの掛け声と共に、転校生の彼が男の子に向けて拳を振りかざす。
「止め??」
あの子が危ない、私はそう思った。
「ゴホ!」
だが、私が止める前に、転校生の彼の苦しそうな声が耳に入った。
何が起こったのか一瞬分からなかったが、彼のお腹に男の子の左足が突き刺さっていたのを見て、彼がやったのだと分かった。
さらに転校生の彼が蹴りで曲がった腹を押さえる、男の子はそれに比例するように前に出た顔面に向かって??、
「たぁ!!」
右の拳を打ち込んだ、思いっきり吹き飛ぶ彼、そして仰向けに倒れそのまま動かない。
「あ……あ……」
あまりの光景に、思わず意味の無い声が自分の口から漏れる。
それが恐怖によるものか、はたまた安心からかは分からない。
「う………うぁぁぁあああ!!」
そんな男の子に恐怖を抱いたのか、私をいじめていた連中は我先にと公園から逃げ出した。
蜘蛛の子を散らすように、とはああいったこと言うんだろう。
「あ……」
目の前の光景に唖然とする私、男の子はそんな私に近づいて手を差し伸べると。
「大丈夫?」
と言ってニコリと笑った、それはとても先程までとは違う、優しい笑顔だった。
これが、私と男の子??水乃京太郎との出会いだった。

それから、いろんな事があった、転校生の彼が一向に目を覚まさないので、焦って救急車を呼ぼうとして京ちゃんが転んだり。
誰かが親に報告したのか、何人もの大人たちが公園に集まったり(その中には仕事で忙しいはずの私の両親もいた)
転校生の彼の親に京ちゃんと謝罪に行った時、私の両親が今までに無いくらいに怒り出したり……etc
そうして私達は、この出来事を通じて友達になった。
それからは毎日が楽しいものになった、毎日の様に一緒に公園で遊び一緒の時間を共有した。
彼以外とは一緒に遊ばなかったが、そんなことは全く気にならなかった。
しばらくして、私の家で一緒に遊ぶことがあったが、金持ちであることで嫌われないかと内心びくびくしてた。
しかし家に入ったとたん、「清宮ちゃんの家すっごい!!」と喜んでくれた。
その時私は、嬉しさのあまり京ちゃんに抱きついてしまった。
それからは、私の家にもよく来るようになり、遅くまで遊びすぎて泊まることもあった(当然いっしょの布団で寝た)
本当に楽しかっただった、こんな日々がいつまでも続くと思っていた。

だが、別れは突然に訪れた。
京ちゃんには父親がいなくて、母親と祖父の三人で住んでいたのだが。
私が12歳の時、彼が母親の都合で祖父の下を離れ、遠くに引っ越すということになったのだ。
その話を聞いた時、当然私は引き止めた、この家に住んではどうかという提案までした。
だが京ちゃんの決意は固く。
「母さんを一人に出来ないよ、ゴメンね怜ちゃん」
と言って私の提案を全て断った。
ならば引越し先だけでも、と私は食い下がったが、
別れが避けられないと悟った私は泣いた、京ちゃんも泣いた、二人してずっと泣いていた。
そして別れの日。
「なあ京ちゃん……」
「何、怜ちゃん?……」
「もしも、もしもまた会うことが出来たら!」
「……うん」
涙を堪えつつ、精一杯の思いを口にする。
「私と…ずっと一緒に……いて…くれ……」
そういって私はまた泣いてしまった。
「うん!約束するよ!」
彼は泣くのをこらえてるようだったが、精一杯の大声で答えてくれた。 
「きっとだぞ!!」
そういって私達は分かれた、大事な約束を胸に秘めて………

それから私は、京ちゃんの強さに憧れて空手を始めた。
中学は、私も家を引っ越すことになってしまったため、父の紹介した学校に入学した。
入学した私は、すぐに空手部に入り、努力の甲斐もあって大会等で実績を上げていった。
高校に進学した時には全国大会にも出れるようになった。
そうしていくうちに、友人も出来て後輩にも慕われるようになった。
そして、高校三年になった6月のある日のことだった。


「怜子、ごめんちょっと手伝って」
放課後、廊下を歩いていた私は親友である一文字喜代美(いちもんじきよみ)に声をかけられた。
彼女は、私が高校の空手部に入部したのと同じころに、空手部のマネージャーになった。
そんな縁もあってかよく話すようになり、いつの間にか親友と呼べる間柄となっていた。
私に他にも友達が出来たのも後輩に慕われるのも、私と違って人当たりのいい彼女が支えてくれたおかげと言っていいだろう。
「喜代美……?何だその紙の束は?」
彼女の両手は、大量の何かの紙のようなもので埋まっていた。
普通のプリントのようなものから、業務用の大きい封筒に入っているものまである。
「帰ろうとした途中、いきなり運べって進藤に言われたのよ……」
不機嫌そうに愚痴る喜代美、ちなみに進藤とは、進藤悠輔先生のことである。
彼女は教師でも気軽にあだ名で呼んだりするのだ。
その気軽さが彼女の良い所なのだが、嫌いな人もいるようだ、ちゃんと話せば分かると思うのだが…
そんな彼女でも呼び捨ては無いはずだが、どうも進藤先生とは馬が合わないのか呼び捨てにして常に突っ張った態度でいる。
「それで私に手伝って欲しいと?」
特に断る理由も無い。
「そういうこと、悪いわね」
「別に構わない、どこに運べばいい?」
この学校は比較的大きい、似たような部屋も多いため、間違えたら困る。
「職員室の進藤の机に置いておけばいいってさ」
職員室……ここからなら歩いて2,3分といったところだろう。
「分かった、じゃあ行こうか」
「悪いわね……今度なんか奢るからさ!」
別に見返りを求めたわけじゃないのだが……とはいえ、親友の好意を無下にするもの気が引ける。
「…ありがとう」
私はそう答えると、職員室に向けて歩き出した。

そして2分ほどで、職員室についた。
不思議なことに人はほとんどいなかった、何かあったのだろうか?
「失礼します」
一応形式的に挨拶すると、進藤先生の席を探す。
「あったよ怜子、あの席」
喜代美が指差した先の机には、妙にハイスペックそうなノートパソコンが置かれている。
「それじゃさっさと置いて帰ろうか!」
喜代美はそういうと、づかづかと職員室の中に入っていくが??
「きゃあ!!」
地べたに置いてあった紙に足を滑らせ転んでしまう。
ビタン!と言う景気のいい音が響き、持っていた紙がバラバラにに落ちてしまった。
「大丈夫か?喜代美、顔からいったぞ……」
「痛ぁ、もう何よ!……ああ!、バラバラになっちゃった……」
どうやら鼻血はでていないようだが、それでも痛かったのだろう、涙目だ。
「ああもう!全部進藤のせいだ!!」
明らかに逆恨みである喜代美の呪詛の言葉を聴きつつ、私は彼女と共に落とした紙をせっせと拾い上げる。
「なるほど、色々あるな……これはこの前の小テストか……」
落ちた紙を拾っていくと様々な文字が目に入った。
「?これは……」
その紙の中に、明らかに一枚紙の質が違う物が目に入った。
どうやら封筒から飛び出たものらしく、何かの正式なな書類と言ったところだろう。
「ふむ……」
どうやら内容を見る限り、一人この学校に転校してくるらしい。

書類には、それに関して必要な事が記載されていた。
「へぇー、転校生かぁ、見せて見せて」
いつのまにやら喜代美が私の後ろでこの書類を見ていた。
どうやら落とした紙は全て拾い終えたらしい。
「編入試験はパスしてるわね、まあ当然だけど……おお!なかなかいい点取ってるわね……」
私から書類を取り上げると、何かを見定めるように書類を見始めた。
「喜代美、あまりジロジロ見るのは……」
「最初に見たのは怜子でしょ、そう堅いこと言わないの」
たしかにそうだが、どうもこの転校生に失礼な気がしてくる。
そうしてる間も喜代美は資料をまじまじと読んでいた。
「ほぉ男ですか…………なぁんだ、よくある顔ね」
私はよく見てなかったが、どうやらそういう顔らしい、しかし??
「喜代美、それはあまりに失礼じゃないのか?」
「そうかなぁ……でも名前は変わってるよ、ほら、京太郎だって」
そういって喜代美は私にその書類を渡してくる。
「そんなに珍しく??って京太郎!?」
まさか!!……いや、京太郎と言っても先程私が言ったように、実はそんなに珍しくも無い。
さっきの喜代美の言葉も、ただ単に彼女が京太郎と言う名前の人に会ったことがないだけだろう。
そう思い、私は希望と不安を胸に、恐る恐る名前の欄を見る。
「ああ……!!」
そこに書いてあった名前は、???水乃京太郎。
名字まで完璧に一致している。
「……京ちゃん………」
ぼそりと呟く、心臓がどくどく言っている、嬉しさに涙が出そうになる。
だがその思いは、彼の顔写真を見た時に薄れてしまった。
……確かに彼の顔には特徴が無かったと言えるかもしれない、だがそれでももし彼が京ちゃんであったなら、間違えるつもりは毛頭無い。
だが写真の中の彼は、明らかに私の知っている京ちゃんとは雰囲気が違っていたのだ。
昔の彼は丸めの優しげな眼をしていたが、写真の彼の眼はお世辞にも優しい感じとは言えず、眼つきも比較的鋭い。
「怜子……どうしたの?」
本当に写真の彼が京ちゃんなのかを葛藤している時、喜代美が声をかけてくる、私の雰囲気の変化に気がついたらしい。
「いや……なんでもない、早く帰ろう」
そういった瞬間、後ろのドアが開く音が聞こえた。
「おーい、何を見てるんだ一文字、それに清宮」
私達がその声に驚いて振り向くと、そこには喜代美にこの大量の紙を運ぶように支持した張本人が立っていた。
「進藤!」
驚き混じりの声で喜代美が叫ぶ。
「一文字……そうやって教師を呼び捨てにするのはどうかと思うぞ?」
「別に、生徒は先生を呼び捨てにしてはならない、っていう校則は無いでしょ、そんなことよりも誰?この子」
そう言って喜代美は、私から書類を取り上げると進藤に突きつけた。
「ああ、そいつは昨日転校してきた水乃京太郎だ、??ていうか、お前らそれ見たのか……」
「悪い?元はと言えばあんたが私にこれを運べって命令するからでしょ!!」
どうやら未だにさっきの事を恨んでるらしい、進藤先生も何のことだ、という顔をしている。
「……つーか、嫌なら断ればいいだろうが……」
「ならそういいなさいよ!!」
それにしても……何故なぜ喜代美は進藤先生にはあんなに突っかかるんだろうか?
そこまで嫌われるようなことは、私の知る限りないはずだが……
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「あの、進藤先生……この生徒は、いつ転校してくるんですか?」
強引に半ば口論に近い会話に割り込む、私の強引さに驚いたのか、二人は少し意外そうな顔をしていた。
だが今は早く会いたい、会って本当に彼が京ちゃんかどうか確かめたい!そんな気持ちが私を支配していた。
「ああ、こいつならもう今日付けで転校して来てるよ、俺のクラスだ、それが?」
進藤先生のクラス……何か知っているかもしれない。
「そうですか、一つ聞きたいんですが、彼は??」
「なあ清宮、お前どうしてこいつがそんなに気になるんだ?」
私は、興奮してるのを隠しつつ先生に彼のことについて尋ねようとするが、先生が彼の顔写真を指差しながら質問に割り込んできた。
先生……質問に質問は駄目なのでは?
「ああ、もしかして……なるほど惚れたか」
からかってるような声で続けてくる。

「惚れた…?」
どうなのだろう、確かに京ちゃんは私の幼馴染だ、小さい頃から大好きだった。
だが、それが恋かと言うと、自分はそう断言はできない。
「ああ、だとしたら止めとけ、あいつはそういうのは嫌いなんだ」
さらに先生が言葉を続けてくる。
どうやら先生は、写真の京ちゃんかもしれない人の事を知っているようだ。
「あの……」
いっその事、私と京ちゃんとの関係を話してしまおうか。
特に隠す事もないし、そうすれば何か教えてくれるかもしれない。
そう思い、その事を話そうとするが、その前に??
「そんなわけ無いでしょ!!何をどうすれば怜子がこんなのに惚れるのよ!!!」
その一言に再び激昂したらしい喜代美の叫びに、その思いはかき消された。
「帰るわよ怜子!」
そう叫んだ喜代美に腕を引っ張られる。
「おーい、こんなのってのは酷くないかぁー」
先生の能天気な声が後ろから聞こえるが、喜代美は無視して職員室を出た。
「まったくあの男は……」
職員室を出てもしばらく喜代美は進藤先生の愚痴を言い続けた。
だが、私はただひたすら、彼が本当に京ちゃんなのかを考えていた。

その後私は、彼が本当に京ちゃんなのかを確かめようと、彼と接触しようとするが、どうにも上手くいかない。
なのでとりあえず、周りの後輩に彼がどんな人間か聞いてみたが、ほとんどは知らないと答え、知ってるにしても話したことは無いと言う。
そうして彼と接触が取れないまま1ヶ月が過ぎ、夏休みも近くなってきた。
そして、昨日??

学校の裏口、玄関からは正門のほうが近いが、夜は正門が開いていないので部活帰りの人などは使うことも少なくない。
「清宮さぁ、あんたウザいのよ」
私は大して話したことも無い同学年(3年)の女子にここに呼び出され、開口一番こういわれた。
全く身に覚えが無い事に私は混乱した。
「いきなりそんな事言われても……もし私が何か不愉快なことをしたならばあやまろう、すまなかった」
どうも私は、知らず知らずのうちに人を傷つける時があるらしい。
だから、身に覚えが無くても、傷つけてしまったのかと思い彼女に向けて謝罪した。
「そういう問題じゃないの、あんたさぁ、4組の弘樹君のこと振ったんだって?」
彼女の言う弘樹君とは、2年4組の西島弘樹(にしじまひろき)のことである。
彼は京ちゃんかもしれない人と同じクラスであるため、何度か彼のことを聞くために話したことがあるだけなのだが、何故か先日告白された。
「それは……付き合う気になれないから断ったのであって、君に何か言われることは無いと思うが……?」
それに、今は京ちゃんかも知れない人のことで頭がいっぱいで、そんなこと考えてる暇が無かったのもある。
「あんたねぇ!弘樹君はあたし達の中でもアイドル並みに人気が高かったのよ!!、当然あたしも好きだった!!」
先程の私の言葉に激昂したのか、彼女は大声で喚き散らす。
「その弘樹君と??付き合う気になれない!?ふざけんな!!!」
途中息が切れつつも、最後大声で叫ぶと私の胸倉を乱暴につかんだ。
まだ怒りが収まらないのか、彼女は私の気に入らない所を並べ立てる。
「どうせあんた、自分が一番だとでも思ってるんでしょ」
「そんな……言いがかりだ!」
そんなこと考えたことも無い、全国には私より強い人が何人もいたし、私より頭のいい人だってたくさんいる。
「ふん、どうだか!」
そう言うと、彼女はまるで外国のレストランでウェイターを呼ぶように、両手を顔の近くで叩く。
すると大小様々な4人の男が物陰からのっそりと出てきた。
その中には一人私と同じ学校の制服を着ているのが混ざっている。
顔を見てみるが見たことも無い顔だった。
タイミングからして、どうやら全員今まで隠れていたらしい。
「おい、霧子(きりこ)本当にこいつを好きにしていいんだな?」
リーダー格なのか、男の中で一際体格の大きい男が、彼女??霧子に尋ねる。
「ええ」
たった一言だったが、彼女の声には隠し切れない優越感のようなものがにじみ出ていた。

その言葉で私は全てを悟った。
「そういうことか……」
大方私を強姦させて、その様を楽しもうと言ったところだろう。
「そういうこと、せいぜい後悔しなさい」
男達がじりじりと寄ってくる。
「……しかたない」
とりあえず、隙を見て逃げよう、後のことはそれから考えることにする。
我ながら少し情けないが、素人に空手を遣うわけにも行かない。
そう結論付け、とりあえず隙をうかがおうとしたその時。
「あ……」
男の声が聞こえた、この状況にあっけにとられているようだ。
誰かと重い一瞬そっちを見ると、そこには今の私の最も気になる人である水乃君(京ちゃんじゃないかもしれないので苗字)がいた。
「……失礼しました」
そういって180度回転して走りさろうとする。
「ちょっとまて!!」
だが、男達の一人に呼び止められて、動きが止まる。
「来い!!」
その男に袖を引っ張られて、水乃君がこっちにきた。
明らかにその表情には不安が見て取れる。
「あの……これは……?」
誰が見ても不自然だろうこの状況に、彼が疑問を述べる。
「お楽しみだよ、お・た・の・し・み、お前も参加するか?」
こんどは学校の生徒らしき男が、笑いながら言う。
「ちょうどいいわ、そいつに見てもらいなさいよ……」
どうやら見られたからと言ってやめることは無いらしい。
「あの、やめませんか?……こんなことすると、警察に捕まりますよ」
妙におどけた声で、彼が言う、だがこの男達が聞くはずも無く。
「てめぇ……警察にチクる気か?、んなことしてみろ、どうなるか分かるよなぁ」
逆にすごいベタな台詞で水乃君の胸倉を掴み、思いっきりすごみを利かせる。
「すいません……」
すぐさま水乃君は謝る、その声は恐怖によるものだろうか、震えていた。
そんな彼の様子を周りの男達は嘲笑しながら見ている。
情けない……
思わず、そう呟きそうになった。
それほど彼のその行動は、私を失望させた。
昔の京ちゃんは、普段は気弱な感じだったがいざと言う時は頼りになる男の子だった。
だが彼にはそんな京ちゃんの面影のひとかけらもない。
こんなのが京ちゃんであってほしくない、だがもしも、もしも年月が彼を変えてしまったとすれば……
そう思うと、目に涙がにじんでくる感覚に襲われた。
必死に堪えるがどうやら男達にはバレたらしく、こっちを見てニヤニヤし始めた
「おぉ、涙目になってるぜ、かわいいねぇ」
調子に乗ってる声だ、それがどうしようもなく今の私を苛立たせる。
「あら、あんたでも泣く時はあるのね」
霧子は心底意外そうだった。
「じゃあさっさとやっちゃって」
そして、霧子のその声と同時に周りの男が寄ってくるのを感じる。
「……」
水乃君は動かない、何かを考えているように見える。


「ソンじゃ遠慮なく??」
そして、後ろから男の一人が抱き着いてくる。
「っっっ!!!!」
すさまじい嫌悪感が私の中を駆け巡る。
そして、その気持ち悪い手が私の胸に触れる前に??
「いでぇ!!」
靴のかかとで男のつま先を思いっきり踏みつける。
よほど痛かったのか、一瞬悶える。
「こぉの、クソアマ!!」
ようやく痛みが引いたのか、男は怒り心頭な様子で殴りかかってくる。
それを避けて、膝蹴りを脇腹に入れる。
そして、よろけた所を顔に左、最後に離れたところをハイキック、スカートの中が見えるが気にしない。
「げぅ!」
奇妙な声を出して、私に抱きついた男は倒れた。
「っっ!!、てんめぇ!!」
その様子を見た男達が殴りかかってくるが、私から見ればその動きは遅い。
一番近い細めの男が放ったパンチにカウンターであわせる。
「ガポっ!!」
見事顔面に直撃して細めの男は後ろに倒れた、さらに私の後ろから突っ込んでくるこの学校の生徒らしき男に後ろまわし蹴りを放つ。
それは側頭部に直撃し、男は反動で回転しつつ地面と熱烈なキスを交わす。
「オォラァァァ!!!」
一番でかいリーダー格らしき男が突っ込んでくる。
同年代の女子の中では大きめでも
私はそれを姿勢を思いっきり低くして避けると右でボディーブロー。
「ゴエ!」
さらに左の蹴りで突き飛ばすと、とどめの正拳突きを鳩尾に向けて叩き込む!
「グフォ……」
リーダー格らしき男はその場に崩れ落ちるように倒れた。
そして全てが終わった後、私は気づいた。
後悔の念が脳を駆け巡る。
「やってしまった……」
私は思わずそう呟いた。
仮にも全国大会にも出場したことのある空手部員が素人数名を殴り倒した……常識的に考えれば退部だろう、だが事情を説明すれば許してくれるだろうか?
もし退部になってしまったら……仕方ないとはいえしばらくは立ち直れないだろうな……。
こんな状況だと言うのに、妙に冷静に自己分析を終える。
「何とも、まあ……」
そこに感心した感じの水乃君の声が聞こえた。
恐怖から解き放たれた反動だろうか、やけにのんきな声だ。
「……大丈夫かい?」
声からして大丈夫だとは思いつつも、一応大丈夫かどうか聞く。
「あ、はい」
ほぼ予想どうりの答えが返ってきた。
「……どうします?これ……」
「まずは先生に言わないと駄目だろう」
そういうと、彼は困った顔をした、何か拙いことでもあるのだろうか?
「そう……ですよね……はぁ」
「どうした?何か困ることでもあるのか?」
「いえ、別にそういうわけでは???っっ!危ない!!」
突如彼が叫んだと同時に後ろに気配を感じた、私は突発的に後ろに振り向く。
振り向いた先に見たものは、先程倒したリーダー格の男が思いっきり殴りかかってくる姿だった。
「どぉりゃぁ!!」
「ぐは!」
油断しきっていた私は、ガードも間にあわず頭にくらってしまう。
わざと思いっきり吹っ飛んだことで、少しはダメージが逃げたのが救いだ。
「おおおおおお!!」
男が姿勢を低くしてこちらに突っ込んでくる、止めを刺す気なのだろう。
たちあがろうにも、脳が揺れてるのか上手く動けない。
「くっっ!!」
私は覚悟を決める、だがその時、男と私の間に誰か割って入ってきた。

「ちぃ!!」
水乃君は私の前に立つと、突っ込んできた男の体を受け止める。
すると、彼より縦も横も二周りは大きい男の巨体が止まる。
「ぐぅ!!」
しかし、止めた瞬間、彼のうめき声が聞こえた。
唖然としていた私は驚いて彼のいる方向を見るが、彼の顔が見えず、男の様子も分からないこの状況では分かるすべが無い。
「っっ!だらぁ!!」
だが水乃君は怯まずに、男を思いっきり突き飛ばす。
「うぉっっ!」
男がよろめいつつ後退する、だが倒れるほどの勢いは無かったらしく持ち直した、その瞬間??
「ぐぉふ……」
今度は男がうめき声を上げる。
一瞬水乃君の左足が動いたと思ったら、男の鳩尾にめり込んでいた。
「が…はぁ」
蹴りの衝撃で男の腰がくの字に曲がっている。
よほど苦しいのだろう、男は唾液を地面に垂らしつつ腹を押さえる。
それによって前に出てくる頭に合わせるように、水乃君が拳を構える。
そして、体を前に持っていきながら??男の顔面に向けて拳を放つ。
ゴキャ、という音と同時に男の体が、まるでラケットに弾かれたピンポン玉のよう吹き飛び地面を滑り??
「………」
そのまま動かなくなった。
……間違いない、一連の動きの速さは違えど間違いなくあれは、あの時の京ちゃんの動きそのままだ……
やはり彼は……あの京ちゃんなのか?
「あぁぁ……」
彼のなにか失意のようなものが入り混じった声が聞こえた。
しばらく考える様子を見せると、こちらに歩いてきた。
私は彼が近づいてくるのを見て、立ち上がろうとするのだが上手く足に力が入らない。
彼はそんな私の様子を見ると。すこし眉を潜めながら??
「あの、大丈夫ですか?」
と言って手を差し伸べてきた、声からは心配してくれるのが分かる。
何故だろうか、その姿が私には??あの時の京ちゃんとかぶって見えた。
「うん……」
自分でも驚くほど力の抜けた声で答えると、差し伸べられた手を借りて立ち上がる。
その時私は理由は無いが確信していた。
彼は……私の大好きな水乃京太郎だということを。

この後警察に行って事情聴取などもあったが、私はほとんど上の空な状態だったらしい。
そして終わると、すぐに京ちゃんが事情聴取されている所に向かった。
だが彼は既に帰宅したと聞かされ、結局話すことは出来なかった。
今朝は学校に説明するように呼び出され、そこで再び京ちゃんに会えた。
しかし、またも彼はさっさと逃げるように去っていった。
放課後ようやく時間が開いて、彼と話をしようと逸る気持ちを抑えつつ彼の教室に向かった。
そこで彼の顔を見た瞬間、気づいたら私はこう叫んでいた。
「君が好きだ」と。
だがあろうことか、彼は私のことをすっかり忘れていた。
これが悲しくなくて、一体何が悲しいと言うのだろう……
「……うっうっグズ、京ちゃん……」
思い出すと再び涙が溢れてきた、意味も無く彼の名前を呼んでしまう。
……涙は、まだ止まりそうになかった。


「??とまあこんな感じだな……」
結構長引いてしまったが、これで俺と清宮の子供の頃の馴れ初めは終了である。
この話には母という言葉が出てくるため、否が応でも母とのことまで思い出してしまう。
母のことは思い出したくないんだがな……アレを思い出す……
「…………」
と、俺が妙にかっこつけた事を頭に思い浮かべてると、世にも珍しい進藤の真面目な顔が目に入った。
こいつがこんな顔をするのは俺でもあんまり見た事が無い。
まあそんなに長い付き合いでもないが……
「おい、どうした進藤?何か妙なこと言ったか?」
「……幼馴染…………いじめから救った……突然の再開……フラグ……」
「はっ?」
何をブツブツ言ってるんだこいつ、しかも言ってることが意味不明。
「オイ進藤、何が言いたいのかは分からんが……」
「京太郎……!」
まるで地の底から響くような声に俺はゾクリと寒気を感じた。
しかも顔が真面目顔のままため、威圧感がすごいことになっている。
「な、なんだ」
寒気と威圧感のせいで声がどもる。
進藤はテーブルに体を乗り上げると、俺の肩を両手でガシっ!と掴んだ。
かなり強い力で掴んでいるのか、肩に痛みが走る。
まさか……俺はとんでもない過ちを幼少期にしていたというのか!?
だから進藤は俺に怒ってるということなのだろうか。
それならば進藤のこの様子にも納得が……いかないがまあいいとしよう。
「進藤……まさか俺は……」
もしもそうだったとするならば、俺はどうすればいい?
清宮にあやまるか?それともほっとくか?どっちにしても碌な結果を生まないだろう。
だが進藤はそんな俺の考えをあざ笑うかのごとく、周りも気にせずに大声で叫んだ。
「お前……それまさにエロゲじゃねぇかぁぁぁ!!!!」
「結局それかぁぁぁぁ!!!」
その叫び声の大きさに耳がキーンとしつつも反射的に叫び返した。
いつになく真面目な面してから何かあると思った俺が馬鹿みたいだ!!
そんな、俺の怒りを乗せた高速の右アッパーが目の前の進藤(と書いて変態)のあごを打ち抜く
「ふごぉ!」
見事進藤はよろめき椅子に再び座り込んだ。
だがあきらかにその顔には、俺に対する嫉妬がこもっていた。
「くそぅ、何で女の子に興味ないお前にはあんな幼馴染がいて、興味アリアリな俺にはいないんだ」
「そんな事言われても困るんだが……ていうかお前の場合は、まずオタク脱却から始めろ」
はっきり言ってこの男、外面はそんな悪くない、だが趣味が駄目すぎる。
そんなんでは付き合おうにも、趣味発覚の時点でドン引きされてTHE ENDだ。
「いやだ!!」
そんな俺の心配もどこ吹く風、力強い声で俺の提案は却下された……
……まあ何時か理解者が現れるだろう……たぶん。
別に悪い奴じゃないし、進藤のこういった性格には、俺も結構救われている部分がある。
恥ずかしいので、口には出せんが。
「……京太郎、お前にこれをやろう」
「何だ?」

いきなり奴からビニール袋を渡される、ここに来る時に持っていたものだ。
中身は当然??
「進藤……俺はエロゲーには興味ない……」
「違う、それはコンシューマ化されたものだ、エロじゃない」
「……お前、これPC版持ってたよな?」
しかも保存用と使用用の二つも。
「ああ、だがこれには追加ストーリーが、何と二つも追加されている!ファンとしては買わない分にはいかん」
何のファンだよ……
「それで、これを俺にどうしろと?」
「いやぁこのゲーム、主人公の立場がお前そっくりなんだよ、とりあえずパッケージ見てみろって」
ほぅ、それならば興味深い。
なになに??
【主人公の桐生緑(きりゅうえにし)は突如学校のアイドル緑川紫(みどりかわゆかり)に告白された。
何と彼女は、昔分かれた幼馴染だったのだ!!友人や親を巻き込み起こる、クール・ラヴ・ストーリー、その名はサイ☆カイ!!】
少々製作者のネーミングセンスを疑いたくなるようなタイトルだな……
……まあ合ってるっちゃ合ってるな、分かれた幼馴染に突如告白されたって所は。
「なるほど、似てるのは分かった、だから?」
「これを参考にしてみろ、人付き合いの下手なお前にはちょうどいい」
冗談だろう?と言おうと思ったがやめた、こいつ目が本気だ。
「……断る」
当然の様に俺はそれを拒否した??


??はずなのだが。
あの後、自宅に帰った俺の手には先程のパッケージがあった。
結局拒否してもしつこく食い下がってくるのでつい貰ってしまったのだ。
「……まあいい」
いざとなれば遠くのゲームショップで売ろう、最近出たばかりらしいから高く売れるだろうし。
「……はぁ」
思わずため息をついてしまう。
今日は本当に疲れた、まさか全く接点の無い相手から告白されるとは誰が予想できよう。
まあ実際はあったわけだが、あの時は忘れてたし。
……明日からどうしよう。
結局忘れてるままのフリをしてあの場は難を逃れたが、明日も??というわけにはいくまい。
それに忘れたフリも何時かばれるだろう、俺はそこまで演技上手じゃない。
「まったく、面倒だ……」



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