「よっ…!」
畳が衝撃を吸収する。同時に審判の腕が上がった。
「一本!」
「シャッ!」
由羽は拳を握った。

「おいおい……ガッツポーズは不味いだろ」
「あのくらいならまあ、いいんじゃないのか?」
腕組みをしながら観戦していた訓は当馬に答えた。
「しかし乙古、一野進の奴め文大付属の副将に一本勝ちしたぞ」
「ああ、そうだな」
「……練習の時は実力隠してでもいたのか?」
「単に集中力の問題だろ。よっぽど……試合に集中してるってコトだな」
由羽はいつもどこか散漫な所があった。試合で負けても一通り悔しがればサッパリしたもので
それが訓には羨ましくもあり、理解しがたくもあった。訓は負けや納得のいかない試合は今でも覚えている。



試合も進んでいくと、嫌がおうにも残った選手に注目が集まっていった。
「技あり!合わせて一本!」
小内刈りを決めて試合場を後にする訓にも、周囲の目が向けられる。
「釜瀬商の半羽(ハンパ)が負けた!?」
「相手は一年だろ?」
「あれ、乙古じゃないか?全中ベスト16の!」
噂が耳に入るに及び、楼里は訓への認識を改めることになっていった。
(乙古さん……強かったんだ……)
観客席から降りて、もっと近くで見たくもある……が、自分の身長では他人の肩しか見れないだろうと楼里は溜息をついた。
時計はとっくに十二時を回っている。
「あの一年も強いぞ!?これでベスト4だ」
「また一高じゃないか!?どうなってるんだ今年の一高は?」
「ありゃ一野進だろ?乙古と同じ中学の」
県大会には5人まで出場出来る。この後は準決勝の前に五位決定戦が始まるのだ。
暫く時間が出来ると楼里はカバンを持って席を立った。



「いちる、レモンある?」
「作ってきてるよ」
訓は一流の取り出したタッパーから、レモンの蜂蜜漬けを摘んだ。
「さっき守猶が観客席に居たけど?」
寝技をかけているときに視界に入ったのだ。
「由羽くん、試合終わっても誰とも話さずに集中してるからね」
「ふーん……あの由羽がね」
一流の家に飾ってあった日本刀を訓は思い出した。
コッソリ一度抜いてみたそれは、鏡のように美しく、氷のように誰も寄せ付けない鋭利さがあった。
(刀の気品は鞘あってこそなのかもな)
今の由羽は抜き身のギラついた刀だ。それは観賞用の打刀ではなく、野太刀のそれだろう。
「………」
「どうしたの?訓」
「いや、いちるは俺の傍に居てくれよ。そっちの方が力が出る」
蜂蜜の甘さとレモンの酸味が訓の口の中に広がった。

.
トイレの洗面台の蛇口を捻る。
水が加減を知らないように爆ぜながら流れた。
由羽は叩きつける水を掬い、顔を洗った。
「後一人……」
今までこんなに集中して柔道に臨んだことは無かった。
由羽は鏡に映る自分の顔を見る。別に何の変わりもない、いつもの自分の顔だ。
「…………」
由羽は右手で蛇口を閉めた。袖で顔を拭う。
「愉しんでる…のか?コレって……」
あと一人勝てば訓と本気で闘える。
訓と闘うのは半身を切り取られるように……辛い。
しかし、徐々に上がってくるこの動悸は辛さだけでなく、どうしようもない高揚感を運んできている。
(俺は訓に勝ちたいのか……?)
鏡の向こうの自分に由羽は問いかけた。

その男は顔に出来た痣をさすりながら笑っていた。
「いいのかよ、シュツジョーテーシになるんじゃねーの?喧嘩なんかしたらさ」
「ははっ……ま、俺が勝ったなら兎も角、負けちまったのに告げ口するような奴はいねーだろーよ」
幼い頃の由羽にとって、中学生のその男の手はひどく大きく見えたのを覚えている。
「バッカみてぇ。相手コーコーセイなんだろ?勝てるわけねぇじゃん」
その頃の由羽にとって、高校生は大人だった。その大人に中学生といえど子供のその男が勝てるはずないのだと。
「アホ、それがいいんじゃねえか」
「はぁ?」
「先が見えない勝負をするとさ……なんか自分が自分じゃないものになれそうな気がするんだよ」
由羽はこの時のコトを思い出すと、弾んでいる言葉とは裏腹に目は深く沈んでいたのではないかと思える。
「そしたら多少はマシに見えるんだ、周りの全部が。お前ならわかるだろ?」
「…………」
男の言ってる言葉の意味なんて分からなかった。なのに、その時の由羽は肯定も否定もしなかったのだ。
「いいか、この傷は俺が転けて花壇に顔をぶつけた傷な。お前はその目撃者だ!OK?」
「OKです!」
「みんなには俺が喧嘩したことは内緒だぞ。男の約束だ!」
「約束!」
「いちるにも内緒、訓にも内緒」
「訓にも?」
由羽は道場で知り合った友達の名前を繰り返した。訓は口が堅いし、自分と同じで男の味方だと由羽は思っていた。
「だって、訓に言ったらいちるにバレるだろ?」
「おぉ!」
確かに。訓がいくら口が堅くても一流の前では無意味だった。
納得がいった由羽は男と顔を見合わせると、大笑いをしたのだった。

「先が見えない……か」
自分の息で曇った鏡を由羽は拭いもせずに後にした。
まだ五位決定戦は続いているだろう。それに訓のいるブロックの方が進行が遅れていた。
「あ、由羽さん!!」
「え?」
それは由羽には意外な声だった。
「楼里ちゃん?」
「はい!」
「…………」
無碍にするわけにもいかない。由羽は足を止めた。
「どうして、ここに?」
由羽が訊ねると、楼里は困ったような、哀しそうな顔をした。
楼里からすれば、彼女がここにいるのは由羽の応援をする為以外の理由は無い。
それが由羽には伝わってない。楼里の関係者に柔道をする人間でもいるのかと突飛な考え方をしてるのだろうか?
いや、それ以前に由羽は本当に、純粋に、何故楼里がいるのかを不思議に思ったのだ。
「由羽さんの応援に……」
「あ……そっか」
由羽はそんな当たり前のコトを思いつかなかった自分を笑った。
それは少し楼里の気持ちを晴れやかにするものではあった。

「あの、サンドイッチ作ってきたんですけど……」
「楼里ちゃんが?」
コクン、と楼里が頷いたのを見て由羽は少し困った。
「試合前にそんなに食べれないのは判ってます。だからサンドイッチぐらいならと思って。
 それとも……もう、何か食べてしまいました?それなら別に……」
食べたかと問われれば食べた。携帯食を。俗に言うカロリーメイ○トである。
「いや、貰うよ。サンドイッチぐらいなら確かに全然問題ない」
喜びより安心が楼里の胸を被った。
カバンの中から可愛らしい弁当箱が出てきた。
由羽が除いてみたが、出来は悪くない。
いや、サンドイッチを失敗するのは中々出来ない所業だが、やる奴はやるのだ。
(千紗ちゃんとか……ね)
と頭に該当者が浮かぶ由羽であった。
「ベスト4ですね」
「違うよ……俺は次も勝つからさ」
そう、楼里に自信のある笑いを見せると、由羽自身なにやら心に余裕が生まれてくるようだと感じた。
「由羽さんの学校って強いんですね。決勝戦の相手はどっちが勝っても同じ学校です」
由羽と反対側のベスト4には訓と那留が名前を連ねていた。
「訓が勝つよ」
幾つかあるサンドイッチの具の中から由羽はトマトレタスサンドを選んだ。
「え?」
「乙古訓って奴の方が俺の決勝戦の相手さ」
出来れば那留とも決着を付けてみたかった……と言われれば由羽には嘘になる。
が、同時に那留と当たればこの日の為の“隠し球”を訓に見せなければならないだろう。
“隠し球”が身になってれば問題ないが、付け焼き刃なのは如何ともしがたいと由羽は思っていた。
「由羽さん……」
「何?美味しいぜ、このサンドイッチ」
「それは嬉しいです!」
と楼里は前置きしてから
「由羽さん、楽しそうですね」
と幼さを残した無垢な顔でその言葉を由羽に放ったのだった。




当馬が駆けつけた頃、すでに訓と那留の試合は始まっていた。
「あれ?当馬、試合は?」
千紗のその言葉に当馬は拗ねた。
「……準決勝で津田先輩に負けた」
同じ同学校対決でも訓vs那留と当馬vs兼次では注目度が違うのだった。
「で、試合は」
「始まったばかりだよ」
当馬の前に正座して観戦していた尺旦が答えた。
「乙古は中々組み手が取れてないな」
「だって、腕の長さ違うもん」
当馬の判断に、千紗は見たままの感想を述べた。

(……くっ)
畳を踏み抜いて、訓は那留の手を交わした。
訓と那留では身長が20�ほど違う。
(なんでこの人が中量級だっていうんだ!)
一瞬、愚痴が過ぎる。
那留の手が訓の袖を下から狙った。

.
「同じクラスの体重で身長があれだけ違うってことは、やっぱ不利よね?」
千紗の言葉に一流は反論した。
「そうでも無いはずよ。だって、身長が高いのに同じ体重ってことは、軽いってことだもの」
「同じなのに軽い?」
迩迂が頭を捻る。
「密度と考えてくれればいい。同じ重さで円柱型のケーキでもロールケーキを立てにするのと
 ホールケーキとではどっちが倒れやすいかは明確だ。重心が高ければ技をかける方は相対的に“軽く”感じるということだな」
当馬の解説に、迩迂は手を鳴らして感心した。
「……ケーキの例えって」
「う、うるさい……」
当馬、大の甘党であった。
「斯須藤先輩は去年、軽重量級だった筈だけどな……でも、階級を落としても体質までは変えられない。
 乙古が理想的な体型に筋肉を付けてるのに対して、斯須藤先輩は……」
「ヒョロ長タイプ?」
千紗の失礼な発言に、当馬は無言で肯定した。
「自分の組み手さえ出来れば乙古の勝ちだ」
「……どうかな?」
断言する当馬を否定したのは尺旦だった。

(く…ッ伸びるッ!?)
自分より大きい相手と組み合ったコトが訓は無いわけではない。
しかし大概は縦の長さに比例して横も太い相手ばかりだった。
その点、那留の腕は細い。
故にそこに空間が生まれ、払いきれずに
(絡まりつく……!!)
まるで蛇のように、訓の腕を支柱にして絡みつくように襟を狙ってきた。
(逃げていてばかりではその内、指導をくらうよ、乙古訓!!)
(なら掴ませてやる!!)
後ろに跳んでいた訓は、一転踏ん張り前に進む。
脚力にモノを言わせた強引な動きだが、訓には可能だ。
(長いリーチは、逆を言えば内側に入られると弱点になる)
懐に飛び込んだ訓はついに那留の襟を掴んだ!

「決まった……」
一流はその時、勝利を確信した。
訓の得意技は背負い。子供の頃、自分より大きい相手や大人に相対する為に最も有効だった技。
背が伸びるに従って、相性は悪いことは多くなったが、それでも訓はこだわり続けたのを知っている。
「やはり斯須藤先輩の体型が逆に仇になったね」
当馬も一流の言葉を肯定した。

「ッ!?」
——しかし
(堪えた……!?)
那留を背負った状態で二人の動きが止まる。
(この身体のドコにそんな力が…ッ!)
斯須藤が身体に似合わす力があることは知っていた。それでも尚、訓は、いや当馬も甘く見積もっていた。
(だが……俺の背負いは堪えただけじゃ外せない!!)

「強引にいく気か、乙古!」
確かに力比べならそれでも訓の方が僅かに上だろう。
「焦ったな」
その判断を尺旦は冷静に評価して見せた。
「投げたッ!!」
観客が沸く。

.
(駄目だ……浅い……受け身を取られる…ッ!)
その瞬間、強引さが裏目に出たを最もよく理解したのは訓その人だった。
だが、その訓にも見えてないものがある。
「……フッ」
投げられて逆さまになりながら、那留が笑っているのを訓は確かに見た。
「——な!?」
訓の視界が天井にかわる。

「足を掬われた!?」
「あの堪えた僅かな時間……それが斯須藤に体勢を立て直す時間を与えたんだ。
 確かに乙古くんと斯須藤では乙古くんの方が僅かに力は上だろう。だが寝技に入ってしまえば…」
尺旦の言うとおり、すかさず訓の上にのし掛かった那留はガッチリと訓の身体を固めた。
「訓…ッ!」
一流が叫ぶ横で、当馬が嘆きを上げる。
「あの体格でなんであんなにパワーがあるんだ!?」

訓は何度か寝技を外そうと試みる。しかし梨の礫とはこのことか。
歯噛みをする訓の上から、那留は語った。
「ピンク色の筋肉って知っているかい?」
筋肉には瞬発力のある白い筋肉と、持久力のある赤い筋肉に分けられる。
その間の、両方の特製を併せ持つピンクの筋肉が僅かに存在している。
それは運動を重ねれば増やすことは出来なくもないが、基本的には希少な筋肉だ。
「それが…どうした……ッ!!」
何度目かの抵抗も、失敗に終わる。が、那留も疲れていない訳ではない。
それでも下になっている訓の方が何倍も不利だった。
「私は…そのピンクの筋肉が生まれつき多いそうだ」
「それを聞いて益々負けたくなくなったよ、先輩……」
訓は再び藻掻く。カウントは10を越えた。
「俺は天賦の才には負けたくない」
「天賦?……違うぞ、乙古訓!これは私の復讐の力だ!!」
那留が全重をかけて訓を圧迫する。
「両親は……壮健かい?」
「……おしゃべりしてる余裕なんて、無いね」
訓は呼吸を整えると下半身に力を込める。
丁度ブリッジをするような格好で、那留を押し上げる。
「私の血縁上の父はね、市長をやってるよ」
那留も又、訓と密着してる面に全ての力を込め、押しとどめた。
「産ませておいて……無視されては敵わないんだよッ!!」
「ぐぅぅ…ッ!」
もうこれで最後だ。時間がない。
ここで訓が外せなかったら負けてしまう。
「それではあまりにも……母が可哀想で……私が……俺が惨めなのでさぁ!!」
会話は二人の間にしか聞こえていない。
それでも那留のその言葉はどんな絶叫よりも切実だった。
しかし……
「…………」
「お前、ドコを見ている!!」
訓は那留を見ていない。
「そんな……心配そうな顔で俺を見るなよ……」
訓は……
「いちるッ!!」
ダムが決壊するかのように、一点に集められて引き絞られた力が那留を押し飛ばした。
「な……!!」
寝技の判定は技あり。状態は圧倒的に不利。
「ハァ…ハァ…」
それでも奇跡の脱出に会場が歓喜に沸く。
畳を滑った那留であるが、訓も追撃し覆い被さって逆に寝技を決める余裕はなかった。
「ゼェッ……ゼッ……」

酷く消耗している。当たり前だ。
那留が再び襲いかかる。
それでも
殆ど無意識で、訓は伸びてきた那留の腕を取っていた。

「腕固めにいくつもりか!?」
立ち技で関節技というのは殆どない。決まりにくいコトに加えて、危険だからだ。
(普段の乙古くんならしない行為だ……)
尺旦が独自する。訓が疲れているのは傍目に見ていても判った。そんな状態に半端な技をかけられるなどもっての他だ。
那留は身体ごと身を引いて訓を避けた。那留をつかみ損ねた訓はそのまま倒れていってしまう。
「乙古くん、もう限界なんじゃ……!?」
眉を顰めた千紗の言葉を、当馬は遮った。
「いや…!?」

訓の身体が全身を使って伸びる。
足首が、膝が、腰が、腕が、那留に向かって伸びる。
「双手刈り!?」
日本柔道界では決して美しいとは言われない、謂わば忌み技。
訓の手が那留の膝の裏をすくう。
「う……!?」
那留が訓の意図を把握したのと、自分が倒れたことを認識したのはほぼ同時だった。
「一本!!」



——母は弱い人だった。少なくとも俺から見たら弱く、脆く、情け無く、それでも母親だった。
俺をお腹に宿しても、父に捨てられても、大人しく身を引いた愚かな女だった。
どんなに生活が苦しくても、泣き言一つ言わなかった。
そして……出来るだけ、本当に出来る範囲でだけだけれど、俺に不自由をさせないよう、
それだけがあの人の願いだった。
それでも満ち足りたとは言えない栄養価で育った俺は、しかし逆に過酷な中で鍛えられた。
嵐の年に実った果実が甘いように、特別な筋肉が多いのはその環境下だからだろうと、医者は言った。
どうでもいい。
ただ、それは糧になる。俺と母を捨てた“父という人”に俺の存在を示すための。
どんなに目を逸らしても、俺は輝いてる舞台の上に立ってやる。
取り敢えずは……日本一の高校生になってやる。
「…………」
「大丈夫ですか?先輩」
今年からマネージャーになった吾根脇迩迂がスポーツ飲料の缶を差し出した。
「私より、乙古訓の方が疲れているさ」
横を見ると、タオルを頭に被った乙古訓は未だに息が荒い。
砂奥一流から口移しで飲料を貰ってるぐらいだ。
相も変わらずよくやる。
試合場では一野進由羽の試合が始まっている。中々苦戦しているようだ。相手は南高の主将だったか。
「県大会で雪辱……ですね!」
ガッツポーズをして見せる迩迂の明るさは少し羨ましい。
太陽のような活力と朗らかさと、そして豊かさを彼女の全身から感じる。
——だから惹かれた。
俺はそういう満ち足りた女性を写真の中の若い母しか知らない。
「………」
優勢勝ち……一野進由羽が勝ったことで、会場はざわめきに支配された。
決勝戦が一年生、それも同学校対決……見出しの派手さでは自分の連覇より上だろう。
「くっくっく……さて、どっちを応援しようかな」






.

たった八間の距離を置いて、二人の男は立っていた。
「由羽…」
「訓…」
はじまりは小さな町道場。
女は恋人とその親友を、微笑ましく、時に羨ましく、見守ってきた。
この闘いもキラキラと輝き落ちる砂時計の一握の砂なのだろう。
(頑張れ…)
そうとしか言葉がない。一流は目を瞑り手を握り合わせた。
「始め!!」
その言葉と同時に、二人は動き出す。
顔に笑みを残して。

「ガッチリ組み合った!?」
千紗は意外に思いながら言葉を漏らした。
訓は兎も角、由羽に関して言えば周りの評価は“曲者”であったし、実際に彼女の知っている
一野進由羽という人間も、初球にストレートを投げるようなタイプではない。更に言うなら絶対にボール球だ。
それが真っ向勝負を挑んだのだ。

「意外性という意味では一野進らしいかも知れない」
当馬は知らずの内に手を握っていた。
興奮しているのだろう。自分が軽中量級にいるのが怨めしい位だ。
確かに中学生時代、二人と試合したこともある。あの二人同士が闘ったこともある。
だが今回の比ではない。本気の乙古訓と本気の一野進由羽なのだ。

「まだ斯須藤戦の疲労が残ってるとみたのですか?!」
由羽に内緒で試合会場に降りて観戦していた撫子は思わず呟いた。
撫子との由羽の特訓の一つには“訓とマトモに組み合ったら力負けする”という前提の元での練習があった。
その前提を無視しても即決に望む由羽が正しいのか、正しくないのかは、撫子には判らない。
ただ同じ武道家として、その勝負感には賛成したいとも撫子は感じた。

「背負い!?乙古くんの得意技だ、それは」
先に仕掛けたのは由羽だった。反射神経、加速力、動体視力、全て由羽が僅かに上だろう。
故に、それ自体は有り得ないことではない。
しかし、その技の選択はベストではない筈だ。背負いは訓の得意技であり、故に知り尽くした技なのだ。
その訓から見て、速攻で荒い由羽の背負いなど稚技に等しい。
「否、背負いに非ず」
兼次の叫びに那留が答えた。
訓は由羽の背負いを外そうとしている。それが由羽の狙いなのだと。

「何?アレ!?」
迩迂が見た由羽の技は袖釣り込みである。
由羽によって引っ張られた訓の腕が、彼の肩を支点に投げられるする。
上手く決まれば訓は丁度空中で一回転する形になる、難易度の高い技だ。

「…………」
楼里は息を飲んだ。会場も奇妙に静まりかえっている。
やはり訓は準決勝の疲れが取れてなかったのだろう。
「技あり!」
由羽の顔が歪む。同時に肩を押さえながら訓が立ち上がった。
楼里は訓と同じ場所を思わずさすってしまった。
訓は半身を捻り、さらに受け身も取ったのか。楼里はルールはよく判らない。
判るのは二人が本気であり、そしてコレは闘いなのだと言うこと。
二人は再び向き合う。

.
「一野進さんはこのまま技ありで逃げ切るつもりなのかな?」
鷹賀一歩は訓の組み手を悉く弾く由羽を目で追った。
訓は疲労しているとはいえ、鋭い。それをかわす由羽も並ではない。
個人戦に登録すらしてない一歩からすれば、見てるのが精一杯の世界だ。
「一野進くんは乙古くんを過剰評価している嫌いがある。逆に乙古くんは一野進くんを過大評価してるがね」
尺旦は腕組みをしながら口を結んだ。
逃げてばかりでは指導を取られるだろう。そのギリギリで、さっきの袖釣りのような速攻の連続技……
それが由羽と、そして訓の頭の中に描かれている共通の予測図な筈だ。
優勢である由羽の方が受け身で、押されているようにすら感じた。

「一野進由羽!向かっていきなさい!」
それは応援の中に混じっていた声だった。
その声が届いたかどうかは判らない。
その炎出麗子のかけた言葉の後に均衡が破られたのは偶然だったのだろうか?
由羽の右腕が、訓の左腕の外側から内側に捻るように滑り込んだ。

(……これは!)
準決勝での那留と同じ動きだ。訓は由羽の才能に、今改めて舌を巻いた。
(……フェイクだろ!!)
訓は重心を移動させ、最小の動きで構える。
(お前は左利きだからな)
身体はどうしようもなく疲労している。
握力も、腕力も、数字だけみたら半分に近いだろう。
それでも、煌々と燃える火に石炭を絶え間なく注ぐように、訓は己の身体が限界以上に動くのを確かに認めていた。
理由などわからない。必要ともしない。
由羽が手が襟を掴むものの、あらぬ方向に力をかけてしまい、バランスが崩した。
その刹那、思考より早く、訓の身体は動いた。
身体が刻んでいた、記憶が刻んでいた。
初めて目の前の男に受けた技を。

「一本背負い!」
それは一流から見ても判るほど、美しい弧を描いた。
訓が由羽の懐に潜り込み、宙へ浮かび上がらせる姿を。
決まらない訳がない。
由羽に一本背負いを決められたその日から訓は、一日たりとも鏡の前で1000回の背負いの素振りを欠かしたことが……無い。
その投げるフォームが洗練されてるコトは、訓が一番良く、そして次に一流が知っている。
一本背負いこそ、訓の生き方そのものなのだ。

(すげぇ奴だよ……)
由羽の視界が目まぐるしく変わる。
この一本背負いは、訓がひたすら積み重ねてきたものの形だと、この場にいる何人がわるだろう。
こんな時だというのに、由羽の頭の中には愚にも付かないことが浮かんでは消えた。
何度も繰り返し熱い炉の中に入れられ、叩かれ、冷やされ、また熱し、そうやって美しさを増した日本刀の如く
この訓の背負いは悠然と、そして厳かに存在する。それを支えたのは鉄の意志だ。
そんなものは自分の中には存在しない……由羽はそのコトで何度訓との溝を感じたか数え切れない。
その度に己に絶望し、そして訓に傾倒していったのだ。
それでも……
「それでも……今は負けたくねぇ!!」
吼えた。
確かに自分の中にあると、少女が教えてくれた小さな灯火が、己を猛させたのだ。
「腕一本ぐらい呉れてやるぜ、訓!!」
強引に姿勢を変える。それを可能にしてるのは由羽の持つ天賦の才能。
だが、その先は由羽自身の意志による覚悟だ。
「ガッ…痛ゥッ!!」

.
肩から思いっ切りぶつかったのだ、無事では済まない。
事実、脱臼していた。
一本背負い自体は技ありか有効になるだろう。
そして由羽の怪我で、審判はこれ以上の試合の継続を認めないだろう。
だが、それよりも早く痛みが走ったその時から、全身をバネのようにして由羽は訓に掴みかかっていた。
——審判が腕を動かすより早く、由羽は
「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
——訓の脇の下から右腕を滑り込ませ
「ぐ……!?」
——片手で背負い落としを決めた。


油断があったのは確かだろう。ただ、それ以上にあの一本背負いは渾身のそれだった。
由羽の伸ばした片腕が訓の襟を掴んだ時、留まれるだけの力は残っていなかった。
ただ、なれない右腕で、それも片腕が利かない状態で、バランスの取れた投げなど出来ない。
由羽の捨て身をいなす自身はあった。例え背負い落としを受けても有効止まり。
「…………」
違ったのは予想以上にスムーズに動く由羽の動き。
俺が対策を考えてる頃、既にこの足は地に着いてなかった。
「…………」
審判は合議している。由羽の技を技ありの判定の、あるいは止めの判定の後として無効にするか否か。
それ以前に、由羽の一本背負いの外し方が危険だった。故に由羽の反則負けの可能性もある。
「…………」
正直このまま倒れていたい位、疲れている。俺は息を大きく吐いた後、よろよろと立ち上がった。
「くぁ〜…」
肩を押さえしゃがんでいる由羽に手を差し伸べる為に。
「左利きだったよな?」
「両利きの練習してたんだよ」
由羽の右手が乱暴に俺の手を掴んだ。

「一本!それまで!」






<柔道部 地区予選リザルト>

三年
斯須藤 那留   中量級三位
府久武 澄    軽重量級五位

二年
津田 兼次    軽中量級準優勝
法華 角人    重量級五位
江主 禰     軽量級準優勝

一年
一野進 由羽   中量級優勝
乙古 訓     中量級準優勝
当馬 憐     軽中量級三位

「メダルが六個か〜凄い凄〜い」
マネージャーである迩迂がノートを付けてるのを見、尺旦は訊ねた。
「一野進の怪我は?」
応急処置は救急箱を持っている迩迂の仕事だ。
「レコちゃんが来てて、由羽くん連れて行っちゃいました」
「レコ?」

.
由羽が肩を痛めたのは明白だった。
何が出来るわけではないが、撫子は駆けよろうと、人の壁を押しのけていた。
同じように楼里も階段を駆け下り、試合会場に向かっていた。
迩迂もマネージャーの当然の勤めとして救急箱を手にし、立ち上がった。
「横になりなさい。今茂部に氷持ってこさせてるから」
「レコちゃん!?」
試合場の隅で座り込んだ由羽に一番に声をかけたのは炎出麗子だった。
「脱臼ね」
「脱臼ぐらい、填め直し……」
言葉を終える前に、麗子のデコピンが由羽を襲った。
「素人が治そうとすると神経とかやっちゃうんだから」
「う、うす…」
レコは由羽の帯を取るとソレを肩に巻いて腕を固定した。
人の波がサッと避けていく。理由は茂部が近づいてきたからだ。
「茂部、病院に連れて行くから、背負って」
茂部から氷を受け取ると、由羽の肩に押し付けて麗子は命令した。
「由羽さん!」
「撫子ちゃん……へへ、勝ったぜ」
茂部が道をつくったお陰で撫子は由羽に近づくことができた。
由羽は右手でVサインをして見せた。
「肉を切らせて骨を断つ……本当にやる愚か者を初めてみました」
「愚か者って……ヒデェなぁ……」
危険な行為なのだ、それはそれとして咎めなくてはならない。
「ですが……一位は一位です、胸をお張りなさい」
「ありがとさん」
由羽が茂部に運ばれていく後ろで、撫子と麗子はお互いに視線を合わせた。
((……誰?))

由羽が茂部の車に乗せられて、ドアを閉めようとした時、楼里が走ってくるのが見えた。
「や!」
「おめでとうございます」
楼里は確かに怪我も心配だったが、それでもその言葉を一番にかけたかった。
「ありがとう」
「…………」
「どうした?怪我なら気にすんなよ、大したことないって」
脱臼した肩を動かそうとして、茂部に睨まれた由羽は首を竦ませた。
「優勝……嬉しいんですよね?」
「え…?」
「いえ、由羽さんならもっと大はしゃぎしそうだなぁって思ったんですけど」
「ま、地区予選だからな。狙うは全国一なんだぜ?まだ二合目、二合目」
由羽はドアに手をかけた。
「サンドイッチ美味しかったよ、県大会も同じ会場だからよかったらまた応援しにきてよ」
「県大会の前に団体戦があるのですよね?」
「よく知ってる……間に合うといいけどさ」
由羽は肩に視線を落とす。思わず楼里は口を押さえたが、それが逆に由羽に気を遣わせた。
「大丈夫、大したこと無いって言ったろ?じゃあ、団体の応援も良かったら来てくれ。今度は怪我しないで優勝するからさ」
「はい!」
楼里は笑ったのを見て、由羽はドアを閉めた。茂部は既に運転席に入っていた。
楼里に手を振りながら、由羽はミラーに映る自分の顔を見た。
確かにあの楼里のような笑い顔を自分はしていない。
「なあ……茂部のオッサン」
「なんですかい?」
「俺、優勝したんだよな?」
「見てやしたが?」
振り返ると体育館が見える。小さくなっていく体育館に少し前まで確かに居たのだ。
「俺、勝ったんだよな……」
ズキリと……痛んだ。肩が……ではない。
「訓に……勝っちまったんだ……」

.
試合場の視線が全員由羽に向いている間に、訓は姿を消していた。
そのコトに気づいてたのは一流だけだったが、一流は何も言わずに訓が会場から出て行くのを見て見ぬフリをした。
「…………」
本当は追いかけたい。
(五分…三分たったら追いかけよう……)
やっぱり、負けたときは一人でいたい。どんな言葉をかけられたって自分の気持ちに整理が付くまで
神経を逆撫でするような言葉にしか聞こえないのだ。それは一流も経験で知っている。

訓は早足で体育館を歩いた。目的地など無かったが、兎に角外に出たくて中庭に足を運んだ。
裸足のままだったが、雑草が生い茂ってるので痛くはない。
植えられていた松の木の前で初めて立ち止まった時、口の中に塩の味を感じ自分が泣いていたコトに気づいた。
「…………くぁあ…ッ!!」
拳を握るが振り上げる気が起きない。
声を溜めるが叫ぶ気にはならない。
というより、そんな無駄で迷惑な行為に自制がかかる。
自分の生真面目な性格に訓はほとほと嫌気が差し、何とも付かないような声が漏れた。
仕方なしに口を真一文字に結んだ。

一流は訓を探していた。
靴はあったから室内にはいる……とは思うが、裸足のまま外に出た可能性もある。
兎に角、心情的には人の多いところには居ないだろうとしか今は判らない。
「さっき泣いていたの乙古だろ?一高の」
そんな声を一流は耳にした。
足を止めてその会話をしている人を探す。
「県大会には五位までいけるのに、あんなに悔しがるもんかね?」
その他の高校の柔道部の生徒だろう。笑い飛ばそうとしたところで一流に肩を掴まれた。
男は怪訝な顔をしたが、しかし美人なのでつい顔が弛む。
「訓は…乙古くんはドコに向かった?」
一流が女の子らしく優雅に小首を傾げると、さらに男は顔を弛ませながら答えた。
「中庭の方だけど?」
「ありがと」
一流は一拍子置いてから、辛辣に言い放った。
「向上心の無い奴は馬鹿って知ってる?ずっと地区大会で燻ってるのがお似合いよ」

中庭にポツンと立っている訓を一流はようやく見つけた。
まあ、声をかけていい雰囲気ではない……が、一流は訓の唇を伝う血を見つけた。
訓のコトになると随分目敏いことだと、余裕があったら笑うだろう。
強く口を噛みすぎて血を流しているコトに訓は気づいていない。
一流は慌てて訓の近づき、肩を掴んだ。
「?」
一流は背伸びをして訓に口付けをした。肩に置いた手は首に回っている。
訓は一瞬呆気にとられたが、その後に口内に広がる痺れに気がついた。
一流の舌と唾液が、切った切り口を刺激しているのだ。
それでようやく訓は自分が口を切っていたコトに気がついた。
「……ん」
息が出来なくなり、一流は唇を離す。
訓は一流の腰に手を回して支えてあげた。
「………」
一流は何も話さず、訓を見ている。柔らかい微笑みを伴って。
つくづく自分には勿体ないイイ女だと訓は思った。大事にしないとバチがあたる。
「勝てなかったよ」
一流は肯定するように頷いた。
「戻ろう。優勝と準優勝が不在じゃ不味いからな」
歩き出した訓はまだ痩せ我慢をしているだろう。
でも、そのギリギリで大地を踏み抜いている姿がとても美しいもののように一流には見えた。



.

試合の後、祝勝会に出た訓達は、途中から病院からやってきた由羽も含めてくたくたになるまで盛り上がった。
訓と由羽はいつものように笑いあっていたのに周りの人間は密かに胸を撫で下ろしたのだった。
ただ、由羽の腕の完治が団体戦に間に合うかどうかは微妙な所であった。
明日の練習は休みだ。訓は肉体的にも精神的にも疲れ切ってた。
それでも火が燃え尽きた後の、燻りだからこそ身体を通して受けとめたいと思うのは女の我が儘だと一流は思う。
有り体にいえば疲れ弛緩しきった訓の醸し出す雰囲気に欲情してしまうのだ。
帰り道、二人で歩いてた一流はその事をつい口にしてしまった。
訓は少しテレながら、それでも一流の腰に手を回してきた。
その優しさで充分だと一流は首を振った。今はただ、ぐっすり眠らせてあげたいと思ったのだ。
それが彼の為にも一番いいと、冷静に判断して言いのけたのだった。それは正鵠をついている。
それが訓にはもどかしい。自分本位に考えている一流のいじらしさに普段なら固辞しただろうと訓は振り返る。
でもその時だけは、どうにも一流に甘えたかったように訓は後に回顧した。
訓は部屋に帰ると泥のように眠った。一流は訓の部屋の明かりが消えるのを見守り、そっと声をかけた。
「お疲れ様、訓」





「帰ってきてたんだ」
「今日、ね」
由羽は親には検査の為に病院に泊まると言ってあった。実際には麗子に連れられてホテルにいる。
片腕が上がらない由羽の変わりに麗子が缶のカクテルの蓋を開けた。
「訓に勝ったことに乾杯……でいいのかしら?」
「………」
「冗談よ。再会を祝して……」
二人は缶を合わせた。
「いいの?私とこんなところにいて」
「無理矢理引っ張ってきてよく言うよ」
「だって、ねぇ、あの栗色の髪の子」
麗子はカクテルを口に含んだ。
仕草は相変わらず艶っぽい。それに加えてどこか廃れたような雰囲気が大人っぽく麗子を見せている。
「好きなんでしょ?」
「さぁ……人を好きになるってどんな感じだろうね」
由羽は、自分が撫子に抱いているのは美しいモノに対する劣情だと……そのようなコトを漏らした。
「やっぱり負けりゃあよかった」
「………」
「試合してたときまでスゲー気分よかったのに、今はなんか……ポッカリ穴が空いた気分だ」
親指で自分の胸を指す由羽。
「それは今、由羽が止まってるからよ。動いてる方が楽だもの。何も考えないで済むから」
「アッチ、大変だった?」
「うん。まぁ振り返れば…ね。色々思うコトもあるよ。自分は恵まれていたなぁって思ったりも
 終わってから思ったんだけどね。働いてる間は考えてる余裕、あんまりなかったかな。自分のこととか先のこととか」
伏し目がちにポツポツと幾つか話を始めた麗子に、由羽は文通の中身を思い出しながら相槌を打っていた。
「……やっぱり文字と声じゃ違うな」
「うん。割とありのまま由羽には伝えてたけど」
「けど?」
麗子が由羽の膝の上に半身を載せる。太腿がこすれあい、布越しに体温が伝わる。
「人恋しくなる時もあったんだよ」
「その言葉が本気なら……」
麗子と由羽の唇が重なる。
「……男見る目が無いよ、レコちゃんは」
由羽は淋しそうに笑った。

.

「疲れてないの?」
自分の下で片手で器用に服を脱がす由羽に、麗子は訊ねた。
「寝るの……あんまり好きじゃねぇんだ」
ベットに麗子の服が落ちる。
「夢……見たことないから」
夢は要らない記憶の整理だとか、あるいは要る記憶の整理とか、その人の抱えてる欲求や不安だとか
色んな説がある。覚えていなくて当たり前という話もあるが、それでも由羽は寝ている間の記憶は無い。
そのコトが何か自分が人間じゃなくてロボットか何かで、寝ているのではなくスイッチが切れてるだけなんじゃないか
なんて愚にもつなかないコトを考えたりもしてしまう。笑い飛ばせてしまう程度の妄想だが、心が引っ張られる。
「少しやせた?」
「ホント?」
無邪気に喜ぶ麗子に由羽も釣られて笑った。
ツンと上向きの乳房と、括れた腰、怒り肩気味の首筋のライン、小さな尻に肉付きのよい太股、
麗子の躰の特徴は由羽の記憶の中のそれと変わらない。けれど、全体的に日焼けしていた。
それは麗子とは相反する健康的な魅力であり、それが為に一層彼女の躰にそそられる。
「由羽…」
麗子の指が由羽の頬に触れる。少し固くなった。それに爪も前は長かったと由羽は記憶している。
その手は由羽の髪に絡まると、優しく撫でた。
「頑張ったね、由羽。良い子良い子」
「頑張った奴が……報われればいいのになぁ……」
力任せに麗子を由羽は引き寄せる。香水の匂いに混じって日向の匂いがする。
「報われてると思うわ。由羽と私、訓と一流だからね。これが逆の取り合わせなら不公平な世の中だけど」
自虐的に笑う麗子は反論も肯定も聞きたくなかったので己の口で由羽の口を塞いだ。
「ん……はぁ……んくぅ……」
四ヶ月ぶりぐらいか……だというのに、全くの躊躇いもなく貪りあえることが浅ましく、それが笑えた。
舌と舌が争うように押し合い、互いの唾液が混じり零れた。
「は……ふぁ…む……ぁく……ぉ……じゅ……じゅる……」
相手に与えようなんて気はさらさら無い、互いに相手を奪おうとするようなキス。
躊躇無く相手の唾液を奪い、喉を潤し、さらに制圧し、歯肉に動物のようにマーキングする。
波のような肉の凹凸に舌を這わせ、ここは己のものだと相手の肉体に顕示しようとする荒々しさ。
「……ん…ぁは……!!」
息をするのを忘れ苦しくなった麗子は口を離す。
酸素を取り込んだ瞬間に由羽が再び唇を合わせていた。肺活量では由羽に分があるということか。
「んん……!?……じゅぁ…ふぉぉ……んかぁ……はぁ…ん……」
もはや奪い合いではなく一方的な蹂躙だった。
麗子の柳眉が八の字を描き、身体の強張りが緩んでいくのを認めた由羽はワザと音を立てながら舌を抜いた。
「んぱ……はぁ……」
肩で息をする麗子に由羽は頬を歪めた。
「その顔、大好き」
麗子は気丈な女だ。その生まれからか常に気を張ってともすれば自分を等身大以上に見せようともする。
そこから余裕も体力も精神力も奪い、心底裸になった炎出麗子は何とも形容しがたい艶っぽさがある。
擦れるような息の吐き方、朱を増していく唾液に濡れた唇、伏し目の瞳はどこか虚ろで、流れる髪は
ウェーブをかきながら肌に張り付いている。一言で言えば頽廃的な色香であろう。
「このまま私が上でいいでしょ?」
「ま、俺は怠け者だからね」
肩に当たらないように気をつけながら、由羽の胸板に麗子は手を添える。
「……さっき、痩せたっていったわよね?」
「前に騎乗位でしたときだって潰れやしなかったろ」
体重を乗せることにとまどう麗子を由羽は笑い飛ばした。
「でもちょっとお肉が付いてるわよ?」
「無理に体重増やしたからなぁ……全部筋肉とはいかなかったんだよ」
顔を引きつらせながら由羽は答えた。脂肪が脅威なのは女も男も変わらない。
割と真剣に困っている由羽に麗子は忍び笑いをした。
「ん…」
麗子は己の入り口を由羽の尖端と何度か擦り合わせて遊んだ。彼女の癖だ。
「…はぁっ」
一拍子置いて腰を落とした。由羽も刺激に喉を詰まらせる。
「あぁ〜久しぶりぃ〜」
まるで温泉に入ったかのような感想の述べる由羽は、久方ぶりの肉の感覚に呻いた。
「久しぶり……ねぇ?」

「へ?」
笑ってはいるが、麗子の頬も上気しているのが見て取れた。
「だから……撫子ちゃんはそんなんじゃないし」
「由羽ってば、結構月並みな事いうのね」
急に顔を近づけた麗子に目を開きながら、由羽は少し視線を逸らした。
「…………」
「レコちゃん?」
「ん……」
その態度で撫子の事を由羽が本気で気に入ってることが麗子にはわかった。
そしてだからこそ、由羽は決して手を出してないということを。
それは潔癖ではなく、臆病ゆえ。
基本的に同質である麗子には由羽の事がよくわかる。同時にそんな由羽が焦がれる撫子が
どんな人間かも察しはつく。
「ん…ふ…ぅ……」
麗子は暫く腰を留めた。たまに摺り合わせるように横に動く。
ワインをテイスティングするように、交わっているという事実を緩慢に確かめる。
「…っ…はぁ……」
湿った唇に由羽は指を重ねた。
「ん……」
その指を麗子はねぶる。ザラリとした感触と、指が沈むんだ肉の柔らかさに由羽は少し手を引っ込めようとした。
「ん……ふ……ちゅる……」
しかし麗子は許さずに由羽の指に唾液を眩し、口の中に含んでいく
「……く…ぅ…じゅ……ひょっぱい」
汗の味だろう。麗子は頬を歪めながら笑った。
由羽は指をもう一本麗子の口の中にねじ込んだ。
「んふぅ!?」
悪戯好きの舌を指で挟む。呼吸がしづらいのか、生暖かい吐息とともに、指を伝って唾液が流れた。
「んんっ…」
舌を挟んだまま、腕を縮めた。麗子の顔を引っ張られて由羽の顔の目前に連れてこられる。
「はぁ…っ」
舌をしごき立てるように抜くと、擦れた麗子の声が由羽の耳元を掠った。
「ぅ…ふぅ……」
揺れた麗子の身体に合わせて水音が聞こえる。
「はぁ……ん?」
呼吸している間に由羽の手が脇腹を伝って自分の腰に添えられているのに麗子は気づいた。
由羽の陰毛は麗子の愛液で随分濡れていた。このままでは滑り抜けてしまいそうだとでも由羽は思ったのだろうか。
「ん……由羽……」
唇を合わせながら、麗子は腰に力を入れた。
「じゅる…」
唾液の交わる音なのか、それとも愛液が抜け落ちていく音なのか、どちらにしても身体の内側から聞こえる音だった。
由羽の怒張の形に従い、肉が剔れてゆく
ジュクジュクに溜まった愛液がそれを運ぶ為に刺激は非道くむず痒い。
思わず一オクターブ高い声が漏れてしまっていることに由羽は気づいているだろうか。
「ん…はぁ……」
腰を浮かし、打ち付ける度に麗子の舌使いは怠慢になっていく。
身体の支配が頭から肉体に移って言ってるのであろう。
「は…ぁ…んっ…んっ……ぁ…んっ……はっ……」
由羽は唇が離れるを任せ、腰に添えた手をゆっくりと押し出した。
「ん…ぁ…?」
由羽の顔が遠ざかっていた事に気がついた麗子は、しかし熱を帯びた頭では理解が及ばない。
単純に跨った方が彼女が楽だろうという由羽の配慮なのだが。
「はっ…はっ…ひゃ……ふぁ……あっ…あっ…ぁっ……」
麗子が浮かぶ度に黒い髪かふわりと舞う、眉が八の字を描いているのとは逆に高い声が短く漏れる。
前屈みに手を置いている事で、細い首から剔れた鎖骨が非道く深い。
そのさらに下の乳房は乱れながら、たまにお互いが擦れ合う。
(……暇だな。エロいけど)
下にいる由羽はそんな不遜な事を考えていた。
動かず楽なようにという気遣いを判らない訳ではないが、動かないのが何とも嫌な性分であった。
「ぁ…んっ…ぁは…っ……は…っ……」
(っていうか、種馬気分?)

そう考えると性分に合わない。大体セックスの良いところは何にも考えずに貪り会える所だと由羽は思っている。
それは本気で相手と向き合いたくない自分の弱さだという事は重々承知の上だが。由羽は少し麗子に申し訳なかった。
「…ぁ…んっ……はっぁ…んっ…んっ……ぁ……きゃふっ!?」
麗子が身体を仰け反らせる。
「うひぃ!?……あ、悪い…」
由羽は麗子が腰を打ち落とすに合わせて突き上げて見ただけなのだが、自分自身も思った以上に
痺れるような快感を得たことに驚いたが為に、同じように声を挙げた麗子に対して謝ったのだった。
「……はぁ……ぁぁ……」
よほど不意打ちだったらしく、少し痙攣しながら息を吐く麗子に、その後の怒りを思い由羽は冷や汗を流した。
「いや…俺も動きたいなって……」
「……先に言ってよ……ちょっとイっちゃったじゃない」
確かに騎乗位だったからいつもより深く由羽を麗子は受け止めていた。
その上、由羽自らに突き上げられると一番深いところを直にこじ開けられてしまい、麗子は身体に静電気が走った気分だった。
「……由羽」
「へ?何?」
麗子が見下ろした由羽の顔は、新しいオモチャを見つけた子供のソレだった。
「もうしない?」
「しません」
嘘だ。
もう止めにしてやろうかと麗子は思うわけだが、しかし自分の身体も充分火照っているのは否定できない。
だがこの体力馬鹿にイニチアティブを取られた場合、グシャグシャになるまで身体を貪られ、欲望を吐き出される
というのを経験則として麗子は知っている。いや、それはそれで気持ちはいいのだが。
(男は狼なのよ〜って昔の歌らしいけど、どうなのかしら?私は由羽しか知らないし……)
一流に訪ねれば喜々として訓との性生活を事細かに説明してくれるだろうが……ごめんこうむる。
「ふゃきゃっ!?」
急に視界が代わり、同時にお腹の内側を剔られるように由羽の剛直が走った事に、麗子はらしくもなく高い声を上げた。
「ちょっと…由羽!?」
繋がったまま立ち上がった由羽に驚き、抗議しつつも、しかし当の由羽の身体にしがみつかなければ振り落とされてしまう。
慌てて麗子は腕を首に、足を腰に絡ませ、抱きついた。
「うひ〜やっぱ片手で駅弁は辛い〜」
由羽は麗子を支えきれずに再びベットに腰を落とした。二人分の体重を受けてベットが軋む。
麗子は咄嗟に回した手が由羽の肩に当たっている事に気づき、手を引っ込めた。
「由羽、アンタねぇ……」
「いや、あははは」
「……黙って私にやらせなさいよ。こんなに尽くしてやってるんだから、少しは有り難がって欲しいものだわ」
「どうにも、扱いがよいとムズムズしちまってさ」
半目で由羽を見る麗子は愛想を尽かしたのか、腰を引こうとした。
「ちょ…ここでストップじゃハブの生殺しだって」
「蛇でしょ。何、そのズレた間違い……」
冷静になってる……由羽はここにきてじゃれ合いで済まなくなった事を知った。ほぼ自業自得である。
とは言え、もう一人の自分がそれでは収まりがつかないと泣いている。実際、先走りを流している。
「レコちゃん、後生でありんす〜」
オロロ……と呟きながら涙を流す由羽に麗子は思わず吹き出してしまった。
「じゃあ取引ね」
「取引?」
再び由羽の陰茎を自らの陰口に飲み込みながら、麗子は由羽の唇を指で押さえた。
「次も訓に勝つこと」
「…………」
これで由羽は楽になった。由羽の意志でなく、私との約束の為に由羽は訓と再び本気で争う……麗子は駄目な女だと自嘲した。
由羽に逃げ場を与えることは由羽自身の為になるはずがない。それがわかっていて由羽に逃げ道を与えた。
それともう一つ……自分の為にこの男が闘ってくれるなら、やはりそれはそれで女として嬉しいのだ。
一流と訓のように。とっくに二人にはなれないと麗子は知っていながら、でもどこかで二人を示準にしてる。
「ん……はぁ……?!」
由羽がゆっくりと腰を打ち付ける。
「レコちゃん……」
お互いの途切れ途切れの湿った息が、肌に触れて生々しい。
「由羽……」
合わせ鏡のようで、お互いの姿を見るのは時々億劫にすらなる。
「んっ…んっ……」
自分の弱い所を直視するのは恐くて……でも同じ弱さを持った人がいることはとても……

「ん…タイミング合ってきたね」
「当たり前でしょ?…はぁ…私は…ぅんっ…由羽と違って…ぁっ…我が儘じゃないわ…ぁんっ!」
「ん〜何だかんだでさ、俺達って合うよね、イク時もさ……」
「馬鹿っ……」
安心するのだ。
「レコちゃんの身体は素直だからさー、気持ちいいとドンドンお汁が……」
「それ以上…んっ…言ったら…ぁ…コンクリ抱か…せて…はぁっ…沈めるわ…あぁっ!」
「そんなこと言っちゃうと、マイサンが萎えちゃってレコちゃんは気持ちよくなれないよー」
「嘘つき…ぁあっ…こんなに……ふぅんっ……固くしてるくせ…にぃ…」
麗子の意志で膣壁が由羽を飲み込むように締まっていく。
余裕が無くなった愛液が一塊の雫になって溢れ墜ちた。
「レコちゃん反則……」
「なにが…はふぅ…よ……くぁはっ」
仕返しとばかりに溜めを作ってから渾身で由羽は麗子の子宮口を叩く。
使ってはいけない肩まで動かしていることが麗子の視界に入ったが、窘める余裕はもう無かった。
「うっひょ…コレ自縛技!?」
深く、きつく、熱い、最深部に無理矢理に男をねじ込ませておいて自分は気持ちよくない筈がない。
由羽はソワソワと下半身から全身を伝っていく快楽に軽口を叩いた。しかし息は荒い。
「由…うぅ…はぁあっ!」
「限界?」
苦み走った顔で訪ねる由羽に、麗子は首を縦に振った。
「じゃあ、イキますか!!」
丹田に一層力を込める。堰き止められた欲望が、早く外に出たい出たいと由羽を加速させる。
「あっ…あっ…あっ……はぁっ…あぁ……あぁ゛ぁあっ!!」
真っ二つに身体が裂けるのではないかという強い衝撃と、それがもたらす至悦に麗子は獣のように声を上げた。
「……ぐうぅぅ!!」
「ふぁ……あぁあぁぁぁ゛ぁあぁ゛ぁぁぁあぁあぁ!!!!」
白濁を中に打ち込まれ、奔流にあがらえずに麗子は大きく仰け反った。
二、三度痙攣する麗子を、悦楽で虚脱しそうな身体を叱咤し由羽は受け止めた。
「ぁ…あぁ…はぁぁ……」
「……レコちゃん、ありがとう」
肩にもたれ掛かった麗子の頭を痛みを堪えて由羽は撫でた。
「勝つよ……俺はもう一度、訓に勝つ」
その事をちゃんと目を見て言えない自分はなんて情けないんだろう……甘い芳香の中で由羽は一滴だけ涙を流した。






.

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雑巾を絞る。水の冷たさが心地よい。
朝一番に道場のモップをかける。撫子の日課だった。
「はぁ……」
雑巾がけが終わると素振りを一万本。
じっとりと汗を吸った胴着を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びて出た所で楼里が目を覚ましてきた。
「おはよう御座います」
洗面台で顔を洗う楼里の横で、撫子は髪を渇かしながら鏡に映った自分の身体を見た。
「…………」
「お姉ちゃん、又服着ないでいるつもりですか?」
楼里に言われて、首を竦める。
「楼里……」
「はい?」
「いえ、なんでもありません……」
朝食はパンだった。お米がきれていたらしい。
「〜〜〜!!」
楼里がジャムの蓋と格闘していたのを撫子は見かねて開けてやる。
「流石お姉ちゃんですね」
撫子の力を楼里は素直に褒めた。だが撫子は暗い顔をする。
「………」
「お姉ちゃん?」
「いえ、ジャム次は私に下さいね」



「おはよう!」
登校する撫子に声をかけてきたのは由羽だった。
試合で脱臼した肩も自転車に乗れる程度には動かせていた。ただ団体戦は間に合わなかったようだ。
それでも地区大会ぐらいなら由羽無しでも勝ち抜いていけるようで、特に訓と那留は無敗のまま団体戦を終えた。
「おはようございます」
由羽はワイシャツを着ていた。今日から夏服の移行が始まる。それにしたって半袖はまだ寒そうに見えた。
由羽は頓着しないだろうが。というか、長袖もっているか怪しい。
その日の気温に合わせて服を着るとかしなさそうだなどと撫子は考えたり。
後日、寒い日に由羽は下に半袖のTシャツを着込んできた。しかしワイシャツは半袖のままだった。
「今日、午前授業だろ?学校終わったら遊びにいこーぜ」
「ごめんなさい、先約があるので」
「というか、午後は練習だ」
速度を落とした由羽の頭を叩いたのは訓だった。
「えーいいじゃん、先生部活に出れないんだろ?」
「それが県大会を控えた選手の言うことか!!」
「まあレギュラーだけ練習って由羽くんが文句言い出すとは思ったけどね」
一流は撫子の肩に手を置きながら続けた。
「撫子ちゃんとは私が遊びにいくから」
「ちょっと待ってよマネージャー!!訓、お前ガツンといえ!ガツンと!!」
「あんまり無駄遣いするなよ。福岡で買い物できなくなるぞ」
「オイ!福岡ってなんだ!お前達新婚旅行かーー!!」
一気に捲し立ててツッコミを入れる由羽。しかし場の空気が重たい。
「アレ?どうした?」
いつもなら新婚旅行を真っ先に訓が否定してるはずだが、訓も一流も撫子さえも白けた目で由羽を見ていた。
「お前…お前なぁ……」
言いかけて訓は腹立たしそうに首を振ったのだった。


.

「ありがとうございました!!」
練習の最後にだけ尺旦は駆けつけた。那留の礼とともに全員の気が緩む。
時計は三時半を回っていた。
「う〜今頃撫子ちゃんや一流ちゃんは楽しくやってるのかなぁー」
「吾根脇先輩と千紗さんと麗子もな」
「へ?一緒なの!?」
「なんだ一野進、顔が青いぞ」
当馬に指摘されるまでもない。いや、会ったからどうという事もないが、由羽としては撫子と麗子が一緒にいるのは気が気でない。
「お、俺、今から合流しようかな〜…」
「はぁ?」
訓が首を傾げた時、尺旦が全員を呼んだ。
「う〜〜」
逃げようとする由羽を訓と当馬は引き摺って、道場の隅にあるテレビの前に立っている尺旦の元に駆けつけた。
「今日はお前達に見せたいものがある」
尺旦が取り出したのは一本のビデオテープだった。
「秘蔵品だ」
尺旦がニヤリと口を曲げたのを見て、由羽は食いついた。
「マジっすか?モザイク無しとか!?」
「……一野進、何を想像している」
「そういう当馬は何を想像したんだ?」
「ああ、君たち、話の腰を折らないように……」
兼次が由羽と当馬を宥めたところで、尺旦はビデオデッキにテープを差し込んだ。
画面に映ったのは柔道の試合。所々人が横切ったり、関係ない音が入ってるのはTV中継ではなく、DVカメラで取ったものだからだ。
「東開大佐上……」
那留の独自に、訓は顔色を変える。
「向こうの地区で監督をしている俺の教え子に頼んでダビングしてもらったものだ」
尺旦が説明するのはもう耳には入っていない。訓と那留は食い入るようにTVを見た。
引き摺られるように他の面子もTVの画面に集中する。
「強い……」
当馬が漏らした言葉は、全員の実感だった。
「県大会に優勝すれば間違いなくIHでコイツらと当たるって事か」
由羽の言葉に尺旦は半分頷く。
「そうだな。それももちろんだが、七月には金鷲旗もある」
「へ…?」
(やっぱり忘れてたな、由羽……)
訓は溜息をついた。ちなみに由羽は忘れてたのではなく、知らなかったのである。
「福岡で開催されるオープン参加の大会……むろんウチも出場する」
「君たちはIHより先に全国デビューすることになるね」
兼次の言葉に訓と当馬は自信ありげに頷いた。
「何をボケっとしてる、一野進。お前も団体のレギュラーだぞ」
府久武の声に、由羽は狐に摘まれた顔をする。
「あぇ?だって……」
地区大会の団体戦は那留・兼次・当馬・訓に加えて重量級の法華角人(ホッケ ツノヒト)が務めていた。
「とっとと肩治せよ。じゃなきゃ、レギュラーは譲らんぞ」
「う、ウッス!」
一年上の先輩(しかも重量級)に少し気圧されながら、由羽は答えたのだった。



.

.
「ハイ!」
「ハイ!」
マイクを片手に手を合わせて合う迩迂と千紗。そしてホスト顔負けのタンバリンテクニックを見せる一流。
カラオケマシーンに表示された点数に迩迂と千紗は悲鳴を上げた。
「私、ジュース持ってきますね」
空になったコップを他の人の分も持ち、ドリンクバーのリクエストを聞く撫子に千紗と一流は気軽に頼んだ。
一流はともかく、千紗も随分撫子と仲がよくなったものだと麗子はストローで自分のジュースを啜りながら思った。
一流が選んだバラードが流れ始める。日々常々あれだけ訓とラヴラヴなのに、まだ愛を歌うのかと麗子は半分呆れ、半分感心した。
「………」
ジュースが減り、ズズズと品のない音が手の中に響いた。

「千紗さんがコーラ、一流さんがアイスティー…でしたね」
廊下にあるドリンクバーのボタンを押す撫子は後ろに気配を感じ、待たせて申し訳ないと振り返った。
「……麗子さん?」
「私もおかわりしにね」
含みのある笑いを見せる麗子に、撫子は少し戸惑った。
「私だけ私服で仲間はずれね」
他の四人には学校終わりで、そのまま制服を着てきている。高校に行ってない麗子だけはTシャツにホットパンツ、ブーツといった私服だ。
「え?そうですね」
言葉通り受け取って答えるのは、彼女なりの気遣いかも知れない。
……性格に寄るところが大きそうだが。
麗子は少し溜息を吐いた。撫子にではなく、自分自身にである。
「私さ、撫子の事好きよ」
「え?」
「一応言っておくけど、レズビアンって意味じゃないから。普通に男とセックスしてるし」
機先を制して麗子が言った。
「そういう事は、あまりこのような場所で言わない方が宜しいのでは?」
「そう?条件は揃ってると思うんだけどな、私と撫子しか居ないし」
「どういう…意味でしょう?」
「コーラ、溢れてるわよ?」
麗子の指摘に、撫子は押していたボタンから手を離した。
「…………」
「まあ、男ってのは由羽なんだけどね」
「由羽…さん?」
その髪の毛の色とは反して黒い撫子の瞳が少し見開いたのを麗子は見逃さなかった。
「うん、由羽。だからね、私、本当なら撫子のこと好きにはなれない筈なんだけどね」
「何故…ですか?」
「由羽が撫子の事、好きだからに決まってるでしょ?」
「私を……?」
カラン……と麗子の持っているコップの中の氷が音を立てた。
「好き…というのは」
「もちろん異性としてよ」
「それは変な話じゃありませんか?由羽さんと麗子さんは……睦み合ってのでしょう?それはお互いが好き合ってるからではありませんか?」
「私は…私達は一度だって“好き”も“愛してる”も言ったことがない」
伏し目がちだが視線を逸らさずに麗子は言い捨てた。
「私達は“恋人”じゃなくてただの“つがい”なのよ。病気になったときに薬を求めるように
 私は由羽を、由羽は私を必要としているだけ。それでも……獣じゃないから、肌を通わせれば情は生まれるけど」
だから麗子は、もし問われてしまえば、由羽を愛してると答えてしまうかも知れない。
「それを抜きにしても、由羽は私の大事な親友なのよ。そう、そうね……親友が好きになった人は好きになって当たり前かもね」
撫子は麗子の独自に困ったように眉を顰めている。
撫子にしてみれば、由羽と麗子の関係は理解の範疇の外であるし、そのような関係を築いている
由羽という人間に対しての新しい評価が鎌首をもたげて心中を覆っているのである。
「それにやっぱり、撫子は一流に似てるから好きにはなっちゃうな、私は」
その言葉を口にした時、おそらく無意識で麗子は視線を逸らしていた。
「麗子さん……麗子さんは私にそれを言って何をしたいのですか?」
「聞きたいのよ。貴方は由羽が好き?勿論、異性としてね」
撫子は困った。由羽に関して言えば……異性という条件が付かなければ好ましく思っている。
ただ男性として好きかと問われると、わからない……というのが正直な答えだった。
突き詰めていくと、由羽を異性としてどうこうというより、男性を好きになるという感覚がわからないと言った方が近い。

撫子はそのような事を麗子に淡々と答えた。
「そう……じゃあ考えて頂戴。由羽は……いい人よ」
「知っています」
「でも寂しい人なのよ。私じゃ埋めることはできないの」
撫子はにわかに麗子の持っているコップを奪い取った。氷が溶けて水が溜まっている。
「水随方円器と申します」
「…………」
「水は器の形に従うものです。人は誰でも水の如くその在り方を変えることが出来るのではないでしょうか?
 もし、貴方が由羽さんの心を埋めたいと思うならば、それはできる筈です。私に頼むのは誠実な行為ではありません」
撫子の凜とした声が麗子の心に突き刺さる。
「でもね、それはできる人の理屈なのよ」
それに間に合わないと麗子は思う。今必要なのだ。由羽は初めて足掻き求めている。それが無駄に終わったら
由羽はきっと足を止めてしまう。後はずっと心に空虚を抱えながら偽りの笑顔を貼り付けて生きていくだろう。
それは外側からでは壊せない。人は自分の意志でのみ、歩き、立ち、求めるのだから。
「麗子さん、私は…」
「あ〜いたいた〜!!」
二人が遅いことを心配した迩迂が探しに来たようだった。
「次、撫子ちゃんの曲だよ〜」
撫子からコップを奪い、代わりに持って行くから戻ればいいと笑う迩迂に押されて撫子はカラオケルームに戻るを余儀なくされた。
自分の言いたいことを言った麗子は(身勝手なことだが)、その場で静観している。
「あの……それオレンジジュースのボタンですけど?」
アイスティーを所望の一流のコップにオレンジジュースを注ぐ迩迂に麗子は指摘した。
迩迂は慌ててオレンジジュースの上からアイスティーを注ぎ足した。麗子は心の中で一流に謝った。
「レコちゃん」
撫子のコップに(彼女が絶対飲まなそうな)メロンソーダを注ぎながら、迩迂は麗子に語りかけた。
「撫子ちゃんは良い子だねぇ」
「はい」
「レコちゃんも良い子だよ〜」
毒気の無い笑顔に、麗子は引きつられて笑ってしまった。
その笑顔にも麗子は惹かれるものがある。自分はつくづく無いものねだりが好きなのだと
呆れながら、迩迂が注いだジュースを両手に持って手伝った。






楼里はお風呂から上がり、廊下を歩いてると風が入ってきてるのを感じた。
姉である撫子の部屋からだと、パジャマに着替えてから訪れた。
「あら、楼里」
「またそんな薄着ですか?」
夜風に当たっている撫子は下着とタンクトップしか付けてない。
その下着も下しか着けていないのだろう。タンクトップに締め付けられた胸の尖端が盛り上がっている。
無防備にも程がある。
「私が暑がりなのを、楼里は知ってるでしょう?許して下さいな」
言いながら、病弱な楼里を気遣ってか窓を閉める。
夏の風は程よい温度で、楼里は少し惜しい気もしたのだが。
「楼里……少しこちらへ来てくれませんか?」
「はい?なんですか……」
請われるがままに撫子に近づいた楼里は、そのまま撫子に抱きすくめられた。
小柄な楼里は、簡単に撫子に引き寄せられる。
「な、な、な、なんですか!?」
「……楼里は柔らかいですね?」
「ふぁ、ふぁいぃ!?!」
混乱する楼里を、撫子はそっと抱き下ろした。
お姉ちゃんだって柔らかいじゃないですか……と撫子の胸に身を沈めた楼里はあやうく洩らしそうになった。
「楼里は恋というものを知っていますか?」
「さ、魚ですか……?」
「亦の心と書く方のですよ」
小学生相手に何を言ってるのだろうと撫子は苦笑した。楼里も困ってるではないか。

「は、はい」
おや…撫子は眉をあげた。楼里はまだまだ子供だと思っていたのだが。
楼里も楼里で、まさか姉からそんな話題を持ちかけられるとは思いも寄らないことだ。
「私は暑がりです」
「は、はあ……」
また話が飛んだ…と楼里は思ったが、どうやら違うらしい。
「中学生の頃の夏服は半袖でした」
確かに、長袖半袖の指定は無かったが、撫子はよく半袖を着ていたのを楼里は覚えてる。
「高校の夏服は長袖しか買っていません」
そう言えば……後で買い増すのかとでも楼里は思っていたので気にも留めてなかったのだが。
「腕を見られたくなかったのです。こんなに筋肉のついた女の子らしくない腕を……」
「え……」
意外だった。楼里にとって姉はとても強い人だった。肉体的な意味でもだが、心も。
普通の人間が悩むような事は、この人には無縁のものだと思っていた。
「誰に見られたくないのかと考えていました……」
一流にだろうと撫子は思っていた。同じ女からみて嫌になるほど美しい彼女と並んだときに、自分の見窄らしさに耐えられない。
でも、それは他人に見られて恥ずかしいと言うことだ。それはおかしい。自分の腕が女の子らしくないことなど
ずっと昔から承知で、だからといって別段晒して恥ずかしいと思ったことは一度もないのだ。
「もしかしたら私は……彼に見られたくなかったのかも知れません」
(訓さんに……)
撫子の“彼”とは由羽なのであるが、撫子は楼里が由羽を知ってるとも思わず、また説明するのも話が迷走するので言わなかった。
それが後に楼里をどれだけ傷つけることになるかは、この時予想しようもないことだった。
「そういう気持ちとは……恋……なのでしょうか?」
「え…え、あ……」
そうだ、訪ねられてたのだと楼里は慌てて考えた。
「……私には好きな人がいます」
「楼里……」
「昔……歩道橋の階段から足を踏み外した私を助けてくれたんです。今でも思い出せます。抜けるような
 青い空が広がっていた日、優しく逞しい腕、爽やかな笑顔、そして大きな手を私の頭に置いてた……」
栗色の髪のその男の顔を名前程度は知っていた。少し恐い人だと思っていた。
——一野進由羽
その名前を思うだけで楼里は胸が熱くなる。その感情は間違いなく恋なのだと、楼里は胸を張って言えるだろう。
「そのような鮮烈な思いを恋と呼ぶのでしょうか?」
年端もない妹に何を尋ねてるのだろうと撫子は姉としての矜恃が崩れる思いもあったが聞いた。
「さあ……」
楼里は断定せずに首を捻る。
「私の場合はそうだと言うだけです」
「そうですね……」
撫子はふと一流と訓を思い浮かべる。幼なじみの二人にはそういう鮮烈な思い出はないのかも知れない。
(でも麗子さんは鮮やかな思いを由羽さんに持っているのでしょう……)
そして麗子と由羽が抱き合ってる姿と思うと、撫子は胸の奥がチクリと痛むような気がした。





.

訓と一流は時計の針を睨んでいた。秒針が11の文字を越えて12の文字と重なる。
「「!!」」
同時に二人は机の上の問題集を開いた。
「…………」
「…………」
シャープペンシルと秒針の進む音だけが部屋に響く。時折、ページをめくる音。
黙々と進み、時に呼吸を忘れたのか大きく息を吸う訓。
だんだん筆圧とノートとの距離が近くなってきている訓に対し、一流は正しい姿勢のまま機械のように問題を解いていく。
「終わった!!」
声を上げたのは一流だった。
「う……」
ペンを止めて机に突っ伏す訓。向かい合って一流は満足げに微笑んでいる。
「ほら、訓も頑張って」
ニコニコと訓が勉強をする姿を観察する一流。もっとも訓からしてみれば視姦されてる気分である。
一流から言わせれば訓の姿を見てるだけで愉しいらしいが、一目も逸らさずに見られるのはたまったものではないらしい。
故に訓は一流より早く問題を解けるように努力し、また一流も少しでも長く訓を見るために努力するという
なんとも摩訶不思議な相互成長を促す結果になっていたのだった。
「終わった」
「1分20秒……80秒だから−8点ね」
「9点差以上だったら俺の勝ちだからな」
訓と一流はお互いの問題集を交換して答え合わせをし始めた。



「……負けた」
「訓は見直しに時間かけすぎるのよ。その分ケアレスミスは少ないけどね」
「トータル1勝2敗か……」
間違いを確認しながら訓は時計を見た。勉強を初めて一時間半が経っている。ここら辺が区切りだった。
「うん、じゃあ上脱いで」
「はぁ……」
「訓が勝ったら私は訓の言うこと何でもきく、私が勝ったら訓は私の言うことなんでも聞く」
それが二人の決めたルールなのだから仕方ない。
「……でもさ」
「?」
机の下を潜って一流ははだけた訓の胸板に顔を埋めている。
「いちるに負けても、俺はいちるにこうして……うぅ…っ」
一流はその唇を訓の乳首に重ねた。
訓が勝ったとき(少ないが)は一流に色々命令させて、いわゆる御奉仕をさせるわけだが
訓は自分が負けたときも奉仕した覚えはない。その代わり、このような行為に対して無抵抗でいるのが命令だが。
「…ぅ……」
男が喘ぎ声を出すのは情けないとでも思っているのだろう。我慢する訓を見ていると一流は堪らなく愛おしい。
「じゅる……ちゅっ……ちゅ…」
一気に吸い立てた後は、啄むように訓の乳首を吸う。興奮すると乳首が立つのは男も女も一緒。
そして……
「固くなってるよ、訓」
「そりゃそうだろ……」
「嬉しい」
でも駄目……と一流は決して訓の剛直には触れない。
「…れろ……れろ……むちゅ……」
舌先で転がしながら、存分にこの前菜を味わい尽くすのだ。
「うぅ……はぁ……」
訓は我慢して、我慢して……
「はむ……ん……ちゅる……は……」
「うぅ……」
葛藤して、葛藤して……
「じゅるる……じゅろ……むぅ……ちゅぽ……」
「んぎぃっ!!」
結局耐えられずに、一流を押し倒すのだった。
「ほら、またルールを無視する」
「ぐ……」

詰まった声をあげながら、慣れた手つきで一流の服を脱がしていく訓。
「……狙ってるだろ、いちる」
「勿論」
「ああ…クソッ!!」
「訓、もう我慢できないんでしょ?いいよ、頂戴。訓のおちんちん」
整った鮮やかな朱の唇から、そんな卑猥な言葉がでる。それだけでも訓の猛りを促進するには充分だ。
「いちるだって濡らしてるくせに……」
小さく愚痴りながら、慌ただしくズボンを脱いで、訓は一流の密壺に挿入する。
「ぅん…ッ!」
すんなりと受け入れられるのは、充分に一流が濡れていたこともあるが、訓の呼吸と一流の呼吸が合っているからだ。
だから一流はこの行為が大好きだ。二人の呼吸が、意志が重なるからだ。
夫婦の共同作業なんて揶揄めいた言葉が浮かぶが、それがどんなに素晴らしく甘美か一流はよく理解している。
「うぁあっ!?」
「お返しだ、いちる」
乳首に吸い付く訓に対して一流は抗議する。
「私は噛んでない」
「痛かったか?」
「シビれた」
つまるところ気持ちよかったと一流は言った。そう言われると嬉しくなるのが訓だ。
「ん…ぁ…はぁっ……ぅ……はっ……」
桜色の果実が揺れるのを見下ろしながら、訓は唾を溜めた。
「ん……」
「はぁ…じゅる…じゅるるるる……んぁっ…」
訓の唾液を嚥下していく一流の顔は至悦の表情である。
「はっ…ああぁ……んぁ……ふぁぉ……はぁ……ああぁ……ぁぁ……」
訓と交わっていると体中が敏感になるのが一流は判る。何をされても、どこを触れられても
まるで神経が剥き出しになったように、脳髄が刺激を伝える。その刺激はすべからく快感となって身体の外に漏れていく。
「く…狂いしょおぉぉ!!」
ノッてきたな……訓はまだ頭が熱しきれてない僅かな部分で判断した。
一流は没頭しはじめると酔ったように(いや、実際酔ってるのだろう)、呂律がまわらなくなる。
同時に自分を包む肉壁の脈動がより細かく、うねりをあげ、その圧力が増していく。
牡を求めることに牝の身体の全てが使われていくようだ。
「…ぅ……は……ぁぁん……きゅ…ん…訓……しゅきぃ……ああぁ!!」
射精の欲求に負けぬよう、歯を食いしばりながらも、しかし訓も言わずにはいられない。
「ああ、愛してるよ、いちる」
宙を彷徨う一流の手を取り、指が絡み合い、睦み合う。
それだけで、確かにお互いの心を感じ会える。肉欲に身体を奪われながらもきちんと繋がっていられる。
「もっといくよ、いちる」
「ひゅぁ……はあぁ……きてぇ……ああぁん……どこだって……ふぇぁ……全びゅ……訓のだよぉぉ…私にょ…ぉぉん…身体ぁあぁぁ゛ぁぁ……」
訓は角度をズラしながら、一流の肉壺の中を剔っていく。
奥の奥でさらにかき混ぜられ、思わぬ衝撃が一流を焦がす。
「ふひゃあぁ……じゅご……じゅごいぃぃ……」
一流の中の一辺たりとも知らぬ所はないとでも言うように、訓の肉棒は足跡を残していく。
その先走りを塗りたくることでマーキングでもしているかのようだ。
「いちるが……勝ったんだから…ッ」
「ぁあ…ぃ……ふぁっ……にゃ、にゃに……ああぁあっ」
「いちるの好きな所にかけてやる」
そうは言っても、一流にその言葉の意味を考える余裕などない。
もっとも訓もそのことを理解して安易な言葉にしてやるほどの余裕もまた無いのだが。
それでも流石と言うべきか、一間置いて一流は訓の言うべきを理解して答えた。
「むにぇ…はあぁっ……胸に…ぁぅう……せぇしゅぃ……かけてぇぇぇ……」
「わかった、ベトベトにしてやるよ」
「……はあぁ゛…胸にかけりゅとぉ…ああぁ…匂い……じゅごいよぉ……訓のぉぉ……」
一流は一瞬考えた。むせかえるような牡の匂いが胸から登って鼻孔を擽る様を。
「ぁあ゛ぁあっ…もうっ……みょうっ……!!」
「イクのか?あぁ…いちる……ッ!!」
「きゅん…訓……んんっ……」
一際大きく一流の最奥を突き倒した後、白波の悦流が腰から流れると同時に剛直を引き抜いていく。
訓は自身の形に一流の肉が食らいつきながら脈動するのを名残惜しく感じながら、その自身をさらけ出した。
「ああぁ!!……ぉぉ……ああぁあ゛ぁぁぅあぁっ!!……はぁあぁぁ……」

一流の意志がトンでいる、その刹那、何とか狙い付けれたと訓は霞む意識の中で思った。
「はぁ…はぁぁ……」
隆起する胸に感じる白濁の生暖かさを認知するには、一流はまだ少しかかりそうだった。
そのなんの意志も持たない、それでいて至福に満ちた一流の瞳が何よりも訓は愛おしく、
愛でるように髪と頬を撫でた。



「いい加減シャワーあびてこいよ」
いつまでも自身の手の平で精子を遊ぶ一流に訓はどうしたものかと言った。
その姿はエロくて、男としてはそそられるものがある。
実際、そのせいで第二ラウンド突入した訳だ。
「いいじゃない。訓の匂いなのよ…」
「うぅ……」
このままだとなし崩し的に第三ラウンドに突入しそうだ。だが、一日は二十四時間しかないのだ。
放課後はトレーニングをして、勉強もして、甘々にまったりと過ごして、さらにエッチをしてとなると
どうしても二十四時間では足りない。睡眠時間は削れないので、どこかしら我慢しないといけないのだ。
と、滔々と語らなくても一流は判っているだろ?……と、三度起立し始めたモノに物欲しそうな視線を注ぐ
一流に対して、訓は目で答えた。一流もさして食い下がりはせずに、代わりに訓に身体を寄せた。
「いや、だからシャワーを……このまま寝たら布団に匂いがつくし」
「それいい。訓の匂いにくるまれて眠るなんて、寝てるだけでイッちゃいそう」
冗談ではない。自分の精子の匂いと一緒に寝れるかと訓は苦い顔を見せた。
「本物の俺がいるからいいだろ?今日は泊まっていくからさ」
寝るにはまだ早い時間だ。
「うん……改めて自己嫌悪。いちるのお父さんやお母さん、まだ起きてるよなぁ……」
「ねえ訓、一緒にお風呂入ろうよ」
「……いちる、少しは俺の悩みを共有して欲しい」



なんとか別々に風呂に入る事に成功した訓(前に風呂場でいたした事に対する教訓)は、
パジャマ(常備一流の家においてある)に着替えながら窓を開けた。
一応客人の身なので先に風呂に入るのもどうかと思う訓である。今は一流が風呂に入っている。
まあ夫が先と貞淑な妻をしているだけだと一流に言われて、訓は風呂に入らずとも湯気を上げたわけだが。
「はぁ…」
道場で見たビデオの事を思い出す。東開大佐上……金鷲旗は勝ち抜き戦だ。五人全員と試合する事も有り得るかも知れない。
正直、今の自分の実力では五人抜きなど夢のまた夢だとも訓は思うが。
両の手を広げて考える。
倒すべき相手を、一人づつ指を折っていく。まず県予選で斯須藤那留、一野進由羽、そして金鷲旗の東開大佐上の五人、他の強豪もいるだろう瀬田ヶ野(セタガヤ)学園、小櫛侃(コクシカン)高校……
(でもやっぱり……この中で一番の強敵はアイツだ)
親友の顔を思い浮かべる訓。他の連中は那留以外は実感が無いというのもあるが、けどそれでも
一野進由羽が乙古訓にとって最大最高のライバルであることは不変なのだ。由羽の存在が訓を柔道に引き寄せたのだから。

.
風呂上がりに冷蔵庫にアイスを見つけた一流は、二本もって訓の待っている自分の部屋に入った。
「……いない」
窓が開いていると思い、一流は首を出すと、屋根に座って訓は空を見ていた。
「天体望遠鏡だそうか?」
「いいよ、ふらっと見てただけだし」
「私もそっちにいっていい?」
見ればそのまま座っては汚れるからとタオルを敷いてるあたり、訓らしい。
まだ一人分ぐらいは座れそうだった。
「んしょ…」
訓の又の間に腰を下ろし、アイスを渡す一流。
訓は一流が落ちないように……とは口実で、一流と密着するために手を腰に回し引き寄せた。
「ん……雲一つ無いね」
「ああ、星座もよく見える」
一流も、頭を訓の胸板に預けて空を見た。
「ねぇ……訓」
「なんだ?」
「銀メダル頂戴」
地区予選の個人戦のか……訓は了とも不可ともせずに黙った。
「訓は金メダルしか呉れなかったでしょ?」
「そうだな」
メダルは金メダルの時だけ、一流に渡していた。それ以外は相応しくないと思っていた。
「でも今の私は訓の恋人だから、そういうのも全部欲しいな」
自分のがあるのに、一流は訓のアイスを口に含む。
「ね?」
「うん、わかった」
一流を抱く腕に力を込めた。華奢で折れそうな身体だが、とても温かく安らげる匂いがした。
今の自分の強さにはかけがえの無いものだ……訓は夏夜の星の瞬きに自慢してやりたかった。









「98…99…100」
数え終わると、由羽はダンベルを放り投げた。
もうすっかり動かせるようになった肩を回して感触を確かめる。
「勝つって約束したからな……」
訓が一流の為に勝ち続けたように、自分も麗子の為に勝ち続けられるだろうか……
(無理だ)
半分、思う。
自分は訓ではない。その身を焦がすような熱い思いなど持ち合わせてないと、誰よりも由羽自身が知っている。
それに……まだ言葉にできるほど理解はしてないが、本能的に過去の訓と今の訓は違うと言うことを由羽は判っていた。
今の訓は訓自身の為に勝てるのだ。
由羽とて、己自身が望んだから訓に勝てた……その事に違いは無い筈であるのに、懐疑的だ。
長らく自分を信じられなかったツケと言わざるえないだろう。
「………」
立ててあったカレンダーを倒した。県予選までの日数など見たくなかった。
ふと携帯電話に手をのばそうとして止めた。
誰にかければいいと言うのか?麗子か、撫子か、はたまた楼里か……彼女達にかけて何を話そうというのか。
由羽は身を布団の中に沈ませた。無機質な天井がただそこにあった。





.

.










——IH県大会予選

————個人戦中量級

準決勝で乙古訓は地区大会の雪辱を晴らし、一野進由羽を下したが
決勝に於いて斯須藤那留にその優勝を阻まれた。

——————団体戦

法華に代わりレギュラーを務めた一野進由羽が精彩を欠いた。
決勝戦の匡業学院戦に於いて、先鋒・乙古が白星をあげるも、次鋒・当馬、中堅・一野進が二タテで敗北
副将・津田が引き分けで繋ぎ、大将・斯須藤が白星を挙げるもポイントで一高は優勝を逃した。






<了>

千紗「伴田千紗の楽屋裏レイディオ!」
鷹賀「ちゃらっちゃ〜ちゃっちゃらら、ちゃっちゃちゃ……って台本通りに歌いましたけど、コレって」
千紗「日本語訳・苦くて甘いサンバ!」
鷹賀「AMですか?」
千紗「AM馬鹿にするなよ!」
鷹賀「ゲストの一歩です。って、ゲストに自己紹介させないでください。っていうか、なんで俺?」
千紗「ん〜暫く出番が無いから、せめてもの気遣いらしいわよ、作者的に」
鷹賀「うわ、ひどっ」
千紗「暫くってことは出番あるってことだからポジティブに考えなさいよ。條とかアンタの妹さんとか
   出番はもう無いと思うわよ。あと乙古父こと夏さんは設定だけの存在になるかも知れないのよ」
三人「「「絶望した!!」」」
千紗「黙れよガン○ム(SD)。パーソナリティーの外で構成作家とかの声が聞こえるような状況になってるじゃない」
鷹賀「そのツボは万人には理解しがたいですね」
千紗「はい、普通のお便り略して“ふつおた”が届いてます。RN(ラジオネーム)、1の親友さんから」
鷹賀「音声だとそれ本名になってますから!」
千紗「"なんか由羽より訓の方が目立ってない?"
   ……主人公だからって美味しい思いが出来ると思ってるの!!
   主人公といえばヌルヌル空間でマンセーされて、ある時フッと覚醒して勝利!なんて思ってるの!!」
鷹賀「色んな所に喧嘩うってるなー。というか、自己批判にならないですか?」
千紗「いい!主人公っていうのはね、ダサい格好の正義のヒーローやってたらラブコメフラグが立って
   死んだお父さんが一日だけ帰ってきたと思ったら、変なモヒカンに連れられてピンクのデブに殺されかけて
   30過ぎても王子様な人が自爆したり、魔人と世界チャンピオンと犬がハートフルしたり
   弟とムキンクスが合体した戦士がコメディ戦闘やってるあいだ、ひたすら座ってるだけという地味さで
   ようやくピンチに駆けつけたと思ったら二週で形成逆転、あげくには吸収されてしまう
   そういう殺伐としたポジションなのよ。素人は富樫先生の取材のため休載ですでも信じてろ」
鷹賀「真面目な理由をいうと、すでに一流さんとくっついてる訓の方が、まだ特定の女性を持たない由羽
   と比べて描写が多くなってしまうのは仕方がないです、エロパロ的に考えて……だそうです」
千紗「まあ、訓と由羽のW主人公だとでも思っておけばいいじゃない。Ζガ○ダムだってキャストはシ○アの方が上よ
   はい、次のお便り。RN当て馬さんから頂きました。
   "桜子的なポジションの女の子はいないのか?"
   ……私?」
鷹賀「えー…」
千紗「っていうか、これはアレか、自分が杉だとでも言いたいの?」
鷹賀「帯ぎゅ!に関してのレスはよくつけられますけど、実はこのシリーズを書き始めたときは帯ぎゅ!の
   存在自体知らなかったそうです。後になって確かめたとか。元々訓さんがやってるスポーツは個人技ならなんでもよかったそうな」
千紗「じゃ、ラスト。RNナルシストさんから頂きました。……キモチワルイ。っと旬な反応をしてみたりして
   ええっと内容は……
   "柔道の階級間違ってないかい?今は七階級に別れてる筈だよ?"」
鷹賀「あー…」
千紗「過去のお話なのよ」
鷹賀「それだと携帯の普及率に問題が……」
千紗「ゲ……なんてね、ホントの所は作者が登場人物の体重とか細かく設定したくないだけよ」
鷹賀「それはそれで問題があるような……」
千紗「でもそういう数字とか出るとイメージが固まっちゃうじゃない?十人いたら十人の訓や一流がいていいのよ
   だから漠然と中量級の下の方とか、頑張れば中量級とかでいいの。私達の住んでる場所だって
   漠然と地方都市だし、一流や麗子を覗いて各人の家が和風か洋風か、学校の外観とかも殆ど説明してないしね」
那留「ちなみに私の好きな食べ物はポンカンだ!あんこいりパスタライスとか邪道なものは送ってこないように」
千紗「人の話聞いてた?っていうか、いきなり出てこないでよ!っていうか送る!?」
鷹賀「さてお時間になりました。由羽を巡る麗子・撫子・楼里は一体どうなってしまうのか!?
   避妊してない訓と一流の運命は!?そして当馬はフリ○ザ声の師匠に弟子入りし、女装して
   柔道界に旋風を巻き起こす!柔道サスペンスストーリーが次回から定刻通りにただ今到着しません」
千紗「もうなんかグダグダ通り越してグズグズね……まあいいわ、今後の展開は貴方自身が確かめて(CVかな○みか)」
那留「キュィキュィ!(白イルカのマネ)」



おしまい
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