「先輩。」
「なんや後輩。」
「卒業おめでとうございます。」
「ありがとう。」
 安田の頭をぐしゃぐしゃと撫でると軽く睨まれる。
「髪の毛、セットしてるのに。」
「普段と変わらへんやん。」
「普段からセットしてるんです。特に今日は大切な日ですから、念入りに。」
「お前の大事な日と違うやろ。」
 今日は高校の卒業式だった。俺は卒業生、こいつは在学生として式に出席していたのだ。ちなみに今は卒業式
が終わって教室での拘束も解けた後で、昼飯前、彼女に捕まったかたちになる。
「未来の旦那様の卒業……ちょっと、どこへ行くんですか。」
「とりあえずお前のおらんところに逃げようかな、思て。」
 後ろを向いて逃げる素振りを見せると、ブレザーの裾を掴まれた。前に回りこまれ今度は腕を掴まれる。べた
べたと張り付かれるも卒業記念品の入った紙袋と花束で両手の塞がった俺ではなかなか振り払えない。
 彼女は以前とは違い、教室以外の場所でも俺にくっつくようになってきていた。まるで猫のように首筋をこす
りつけることさえある。その仕草に俺が少しドキドキするようになったのも付き合いはじめた頃と変わったこと
だろう。

「おーい、何してんの?」
 丁度その時、卒業式に来ていた母親が現れる。家の中では専らジャージ姿な普段の母親からは想像がつかない
ほど着飾っている。ちなみに今朝、家を出るときにその様をさして『ヌリカベ』と呼んだら1発殴られた。
「愛のスキンシップです。」
「アホ言え。」
 母親は俺達の漫才をケラケラ声を上げて笑いながら見ている。
「あんたら仲ええなあ。」
「付きまとわれてるようには見えへんか。」
「あんた、気に入らんかったら男女関係無く手ぇ上げる子やろ。」
「いつの話をしてるんや。もうそんなに喧嘩早くないわ。」
 確かに小学生の頃はよくクラスメイトと喧嘩をして先生に怒られた。でもそれも中学に入るまでで、こっちに
越して来てからは喧嘩なんてしたことはない。
「その話、詳しく聞きたいです。」
「ちょっと黙っとけお前。ついでに腕を組むな。」
「いつも組んでるじゃないですか。」
「親の前やぞ。」
「見せつければいいんで、あイタッ!」
 紙袋を持ち上げて彼女の顔にぶつけると軽く悲鳴を上げて俺から離れた。目に涙を浮かべて鼻を押さえている。
「鼻が低くなっちゃいますよ。」
「元から高くないんやから対して問題にはならへんやろ。うわっ、グーで叩くなグーで!」
 脇腹を数度殴られ、くすぐったさに顔をしかめる。当然俺も安田も本気で殴っていない。そんな様子を見てい
た母親はますますおかしそうに顔を歪める。
「あんたら、ホンマ面白いわ。芸人になったら?」
「夫婦漫才ですね?」
「そうそう。売れると思うで。」
「ええ加減にせえ、アホ。」
 ボケ役2人にツッコミを入れるほど疲れることは無い。それに次の予定があるからそろそろ行かないといけな
いのだ。そう言うと母親は不思議そうな顔をした。

「部活の歓送会。昨日も言うたやろ?」
「ああ、そう言えばそんな話もあったなぁ。それやったら私はもう帰るわ。夕方帰ってくるまでにご馳走用意し
 とかんと。」
「別に張り切らんでもええのに。」
「我が息子の卒業記念やからな。??そうや。」
 我が母親は突然、何か思い出したかのようにぽん、と手を打った。
「翠ちゃん、ウチ来るか? 人が多いほうが楽しいしな。」
 とんでもない提案をしやがった。それに二つ返事で答える安田。無論YESだ。
「じゃあ帰るわ。楽しみにしててや。」
 そう言って我が母は手を振り帰っていく。見送って安田を見る。
「というわけで、俺は美術部の歓送会に出ます。あなたはどうしますか?」
「私も出ます。」
「何!?」
「参加の許可はもう貰ってます。行きましょう。」
 彼女は呆れて言葉を失った俺の腕をまた掴まえると、特別教室の並ぶ離れの校舎へ引っ張っていった。
 ……今日くらいは俺に主導権を譲ってくれてもバチは当たらないと思うぞ。

 なぜか安田も参加した部の歓送会が終わり、俺は家に帰るために駅へ向かっていた。両手は歓送会の時に手渡
された花束とプレゼントで塞がっている。
「どんなもの、貰ったんですか?」
「中身は秘密や言うてたからな、分からんけど……この大きさ、重さやったらペンとか実用的なもん違うか?」
 学校から駅までの道でも腕に纏わりつく安田を適当にいなす。いつも以上にゆっくりと、キョロキョロしなが
ら歩く。久しぶりの下校ルートだが、多分この道を使うのは最後になるだろう。すると安田が口を開いた。
「先輩、怪しいですから止めてください。」
 空き巣が標的を探していると間違えられても文句を言えない、と言われ、俺は恥ずかしさに頭を掻きたくなっ
た。
「しゃあないやろ。これで最後やねんで。」
「それじゃあ恥ずかしいけど我慢してあげます。」
 俺からしたら住宅街で腕に擦り寄られる方が恥ずかしい、と反論するが安田は聞く耳を持たない。ますます頬
を袖に擦り付け、甘えたような声を漏らす。愛くるしい仕草に思わず抱きしめそうになったがそれは我慢する。
人の目があるところでそんなことをするべきじゃない。
 そんなことを考えていると携帯電話の着信音が鳴り響いた。音から考えて俺の携帯電話ではない。安田を見る
と、彼女は自分の携帯電話を取り上げて通話ボタンを押すところだった。
「はい。……ええ、終わりました。駅に向かっているところです。はい、学校……はい、分かりました。それで
は失礼します。」
 彼女は俺の腕にぶら下がったまま手短に通話を済ませると、俺を見上げて言った。
「先輩。」
「なんや後輩。」
「おうちの準備はもう終わっているそうです。早く帰ってきてほしいと。」
「は?」
 言われた意味が分からず眉根に皺を寄せて訊きなおす。
「だから、早く帰ってきてほしいと仰っていましたよ。」
「だから、誰が?」
「先輩のお母さまに決まっているじゃないですか。」
「何でお前がウチの母親の……いや違う、どうしてウチの母親がお前の携帯番号知ってるんだ。」
 彼女は何を言っているのか、と目を白黒させている。
「前に一度お話ししたはずです、けど……?」

 ガタンゴトンと揺られる車中、安田は渋い顔をした俺に話しかけていた。
「そんなに不機嫌な顔しなくてもいいじゃないですか。」
「だって、お前らがメル友なんて知らんかった。」
 確かに一度、母親が俺の携帯を勝手に覗き見て彼女と連絡を取り合ったことがあった。あったけど、それ以来
頻繁に連絡を取り合う仲になっていたなんて知るわけが無い。
「だからって輪の中に入れないっていじけなくても。」
「誰がいじけてるって?」
「さあ?」
 彼女は大仰に肩をすくめ首を傾げる。みっともないからしゃんとして下さい、と言っている。
 言われたことはどういうことか分かってるし、実際ただ拗ねているだけのように見えるだろう。しかし自分の
彼女と母親が、自分の知らない所で繋がっていたなんて考えるとゾッとする。ましてや何でもかんでも明け透け
に語りたがる彼女と、何でもかんでも聞きたがるウチの母親だ。既に秘密にするべき間柄では無くなっているが
それでも居心地が悪い。
 逆に家族の間のことをベラベラと喋られたら、と不安が広がる。今はこいつに知られたくない事柄が多いの
だ。特に卒業後の色々のことは。
「気ぃ悪いだけや。そのうちマシになるから放っといて。??降りよか。」
 ガクンと電車が止まったのを感じて、俺は座席を立ち上がった。彼女が後に続く。

「ただいま?。」
「お邪魔します。」
 2人並んで玄関のドアを押し開けると、そこには母親が廊下を塞ぐようにして立っていた。
「お帰り。いらっしゃい。準備はもう出来てるから2人とも早くおいで。」
 テキパキと俺たちに指示を与えリビングに消える。あっという間の出来事に俺は声を掛けることも出来なかっ
た。つーか俺もまだ1回しか名前で呼んだことないぞ。馴れ馴れし過ぎやしないか。そんなことを考えながら溜
息をついているとブレザーの裾をくいくいと引かれた。見ると安田は既に靴を脱いでいる。
「早く行きましょう。」
「その前にこの荷物をどうにかせんと。先行っといて。」
 俺は両手に荷物と花束を提げたままだった。リビングに放り投げるわけには行かないから、一旦自分の部屋に
寄って置いていきたい。そう言うと彼女はそれなら私もついて行きます、と言った。
「何で? 先に行けばええやん。」
「先輩と一緒にリビングに行けば、彼女として印象を強く植えつけられますから。」
「……好きにせえ。」
 リビングに入る時間がそんな何十秒と変わるわけじゃないのにそれくらい我慢できないのか、と愚痴りながら
自室のドアノブに手を掛けると、後ろから彼女に抱きつかれた。背中に顔を埋めてくる。
「先輩。」
「なんや後輩。」
「変わりましたね。昔はこんなこと言ったら拒否されてました。」
「そうか?」
「私、うれしいです。」
「そうか。よかったな。」
「先輩、大好き。」
「ん。……コラ、どこに手を伸ばしとんねん。」

 食卓には母親と妹、そして普段より仕事を早く終えてきたのか父親も座っていた。この時間に家にいるなんて
珍しいこともあるもんだ、と思いながら席に着く。安田は俺の隣の空いた席へ。
「えっと……」
「じゃあ食べよか。いただきます。」
 安田を家族に紹介しなくてはいけない、と口を開いた瞬間、父親の号令が食卓に響いて俺以外の全員が箸を取
り上げた。仕方なく俺も箸を取り上げる。ウチにしては珍しくおかずが大皿に3品も並んでいた。普段はご飯と
味噌汁と、あとは魚でも焼いていれば豪華な食卓なのに。
「あのさ……」
「卒業おめでとう。まあ、飲め。」
 俺の言葉も聞かず、俺に向かって缶ビールを傾ける父親。何故か俺の席に置かれていたグラスを持って少し貰
う。黄金色の液体がつっかえつっかえ飲み口を溢れてきてグラスを満たしていく。それを一息に飲み干すと、す
ぐに次を注ぎ足された。父親の顔は心なしか笑んでいるように見えるが、自分の酌した酒を息子が飲み干してく
れるのがうれしいのだろうか。
「あの、な……」
「どんどん飲め。」
 しかし明らかにおかしい。そもそも未成年に飲酒を勧めるような父親だったっけ? そう気がついたのは5杯
目を注いでもらったあたり、視界がぐにゃりと歪んでからだった。
「まだいけるやろ?」
「もう、いらん。酔うてきた。」
 こめかみの奥を直に押し込まれるような軽い眠気と上気した顔の熱で、頭がまともに働かない。考えてみたら
箸を取りあげたはいいけど料理に手をつけていなかったような気がする。すきっ腹にビールを2缶分も放り込め
ば酔うのは当たりまえか。
 ふと隣を見ると安田は母親と何事か話をしていた。視界の向こうには苦虫を噛みつぶしたような顔をした妹が
座って、黙々と腹をふくらませている。
 ……何事か話をしている? どうして隣にいるコイツの声が聞こえないんだろう。そこまで考えが及んだと
き、手に持ったグラスにまたビールがなみなみと注がれた。
「飲め。」
 もういらないって言っただろ、と言いながらそのグラスを空ける。なんだか首が据わらなくなってきた。すご
く眠い。行儀は悪いがテーブルに肘をついて重くなった頭を支える。目を閉じると、そのまま夢の世界へ直行し
てしまいそうだ。

「先輩。」
「んー、なんやぁ?」
 アルコールのせいか語尾がしゃきっとしない。自分でも気にはなるがどうしようもない。
「完全に酔ってますね。」
「酔うてないよ。全然素面やで?」
 安田は何故かこまったような顔をしている。酔っていないのはなにか問題があるんだろうか。
「もっと酔うた方がいい?」
「あの、そういうことじゃなくて。」
「そうだな、飲め。」
 父親が俺達の会話を中断させるようにわりこむとまた俺のグラスを満たす。すこしムッとしたけど注がれたグ
ラスを空けた。甘みのない炭酸がのどの奥をしげきし、めのまえがちらつく。
「かぁー……」
 飲み干してグラスを置くと、おもったよりおおきな音がたった。やすだは心配そうな顔で俺の顔をのぞきこん
でいるがなんでそんなふうに見られているのかりかいできない。そういえば、まだこいつのことちゃんと紹介し
てなかったきがする。いいのかなあ、俺の連れてきたおきゃくさんなのに。
 ……もういいや。なんか、ねむいし。

 それが俺の、その日最後の記憶だった。

 浅い眠りから引きずり出されるような感覚で目が覚める。真っ暗な部屋の見慣れた天井が目に飛び込んできた。
「頭、いてぇ……」
 その痛みで何があったのか思い出した。酒飲まされたんだっけ。夕食で、卒業式で、と一つ一つ記憶を辿って
いく。
「そうだ、安田。あいつ放ったままや。つか、それ以前に??」
 時計を見ようと制服のポケットに入っている携帯を取り出す。バックライトが目に痛い。
「いち……じ……?」
 日付が変わっている。酒を飲んで酔っ払って、ベッドに強制送還されたのか。まったく情けない。安田のこと
を家族に紹介することもせず、酔っ払って前後不覚になるなんて格好のいいことじゃない。
 とりあえずブレザーを脱くか。もう春だというのに部屋の中はまだ寒いが、上着を着て冬用の掛け布団を羽
織っていたら汗をかいて仕方が無い。これじゃあ??
 そこで思い出した。もう制服を着なくてもいいんだった。もう高校生じゃないんだ。なんとも言えない感情が
胸の中を押し広げて苦しい。卒業に対して感傷的になるなんて自分には無いだろうと思っていたのに。
 携帯のディスプレイを眺めていると、眩しくて瞳に涙が溜まってくる。

 もぞもぞとベッドのクッションが揺れた。今まで気がつかなかったが、安田がベッドの縁に手を掛けるように
してうたた寝をしていた。
「せん、ぱい……起きたんですか?」
「な……っ!」
 彼女は目をこすりながら身体を起こす。俺は何故こいつがいるのか分からず大声を上げそうになった。かろう
じて声を出さずに済んだのは、涙を流しているのを見られたのではないかというバツの悪さが先に立っていたか
らだろうか。
「ああ。つか、何でここにおるんや。もう真夜中やないか。帰ったんと違うんか。」
「先輩が酔っ払っちゃって部屋に引っ込むときに私がお供したんですよ。ベッドまで運ぶ面倒見たの、私なんで
 すよ?」
「それは、うん、ありがとう。でももう1時や。日付変わっとんねん。」
「今日はこっちに泊まるから大丈夫です。私の親にも連絡しましたし、先輩の親御さんにも許可はいただきまし
 た。」
 嘘吐け、ウチの親が許可出すわけ無いだろう、と言ったが安田は聞く耳を持たない。ベッドによじ登ると勝手
に布団に潜り込んできた。潜り込む時に広がった隙間から冷たい部屋の空気が入ってくる。ずっと外気に触れて
いた彼女の身体も冷え切っていて、アルコールで火照った顔を冷たい髪が撫でた。口元に寄ったそれを食む。唾
液をべっとりと絡ませ細い髪の房を作る。
「あー先輩、舐めないでくださいよ。」
「嫌か?」
「そりゃ気分よくは無いで、ん……」
 何か喋ろうとする唇を唇で塞ぐ。身体と同じように唇も冷え切っていて、柔らかくて冷たい触感に思わず集中
してしまう。舌を絡ませることもせずただ押し付けて感触を確かめる。それと同時に彼女の身体の下に腕を差し
込み、持ち上げて抱きしめる。俺より二回りは小さい身体がびくりと震えたが、やがてゆっくり全身の力を抜い
ていった。ふぅ、と吐息を漏らす。
「先輩の身体、あったかいです。」
「ベッドの脇やったら寒かったやろ。」
 背中に腕を回したまま更に抱き寄せるようにすると、2人の身体の間に挟まったボタンが痛い。舌打ちを一つ
してブレザーを脱ぐ。ついでに彼女のそれも脱がせてしまう。
「シャツ、邪魔やな。」
「え?」
 ブレザーを脱いだせいか、Yシャツの小さなボタンも気になった。それだったら脱いでしまえばいいや、とボ
タンに手を掛けると彼女の手が触れた。視線が絡み、どちらからともなく口づけを交わす。今度は舌も絡ませる
ような情愛の込められたキスだ。
 その間に俺は2人分のシャツのボタンを全て外してしまう。裾をはだけ、腹と腹とをくっつけるとそこから急
速に体温が奪われていく。さっきまで床に座っていた彼女の身体は予想通りすっかり冷えきっていた。だが内臓
まで冷えるような感覚が今は気持ちがいい。
「はむ……はっ、んっあ……じゅっ……」
 彼女の舌を味わっていると身体がゾクゾクと震えてくる。下半身に血液が集まってきて頭も働かなくなってく
きた。

 しかし家族がいる家でこのままコトに及んではいけないと最後の自制が働いた。名残惜しいが一旦唇を離す。
どうしてキスを止めるのか、と涙で濡れ、非難の色の混じった瞳が俺を突き刺す。
「そんな目で見な。隣の部屋で妹が寝とるんやぞ。このままやったら最後まで行ってまう。」
「でも先輩が誘ってくれたんじゃないですか。」
「まあそうやけど。」
「先輩から誘ってくれたの初めてで、すごくうれしかったのに。」
 言われてみれば、俺から手を出したのは初めてだった。半分はベッドの中に入り込んできた彼女のせいでもあ
るんだけど。
 ……バレないように上手く出来るだろうか?
「絶対、声我慢出来る?」
「絶対、我慢します。??ひゃっ!」
 尻に手を置いたとたん、弾かれたように声を上げる。
「……お前も抜き打ちで触られるのに慣れへんな。」
「だってぇ……ひゃ、むぐっ……!」
 手探りで下着越しに大事なところに触ると大きな声を上げかけた。慌てて両手で口を塞ぎ瞼をギュッと絞る。
その様がもうたまらなく可愛らしくて、ますます苛めたくなる。

「ぐっ、むぐぐぅ、はっ……ひうっ……」
 彼女は呼吸が苦しくないかと訊きたくなるほどきつく口を塞ぎ、俺からの愛撫に耐える。背中から両手を回し
スカートを持ち上げて下着の中へ手を差し込むと、そこは早くも潤いを生み出していた。襞を少し撫でるとすぐ
に溢れだす。ほんの少しのキスと愛撫だけでこんなに濡らしてくれるのはうれしかった。
「どしたん? もうぐちゃぐちゃやで。」
 安田は口を塞いだまま首を横に振る。
「首振られるだけじゃ分からんなあ。」
 暫くは肝心な場所には指を入れず外周を何度も撫でる。粘度のある愛液が指先に絡んで、にちゃりと音を立て
た。次々漏れ出る愛液を指で掬い切れず下着に零してしまう。
「汚すから脱ごか?」
 このまま弄るのには下着が少し邪魔だし、と彼女の身体を持ち上げて膝の辺りまで下着をずらしてやる。滑ら
かな太腿が指に吸い付き、興奮を煽られる。彼女は愛撫が一旦止んだから落ち着こうしているのか、半端に口を
開いて深呼吸を繰り返していた。落ち着くまで待つ、と言うと彼女は一つ首肯して俺の肩口に顔を埋めた。これ
以上苛めるのはかわいそうだろうか。彼女の頭を撫でると安心したように全身を弛緩させる。

 暫く経ってもまるでとろりと溶けたように脱力したままで、少し不安になる。声をかけるが反応が返ってこな
い。
「眠いか?」
 顔を埋めたままそれをぐりぐり擦りつける。眠くないと本人は言いたいようだが、説得力が全く無い。
「もう寝え。また今度、それでええやろ?」
 またぐりぐり。眠くないと言っているんだから続きをしよう、という意味なのだろう。でも眠たい相手を無理
矢理起こしたって仕方がない。俺は我慢しようとすれば我慢できる、と言うと、彼女はようやく顔を上げた。
「……眠くないです。」
「声が眠いって言うとるぞ。」
「違います。気持ちよくて、身体に力が入らないだけです。」
「わがまま言いな。眠い言うてるのんを叩き起こしてエッチしてもしゃあない。添い寝してくれ言うんやったら
 したるから、今日は寝ような?」
 安田はまた下を向きいやいやと首を振るがその頭を押さえ込む。
「このまま寝るんも気持ちええと思うんやけどな。??俺はこうしてると気持ちええで?」
 少し恥ずかしいがこうでも言わないと諦めないだろう。身体に鞭打ってまですることじゃないし、あとで何か
言われても、まだ頭の隅に残っているアルコールのせいだと言えば乗り切れるだろうという計算もあった。
「気持ちいいです。気持ちいいですけど気持ちいいの中身が違います。」
「満足出来へん?」
「……正直、迷ってます。このまま寝ちゃうのも気持ちいいかなって。」
「お前が寝るまで抱っこ付き。今やったらお安く出来ますよ?」
「じゃあ、このまま寝ちゃいます。??でも。」
 うとうとした顔で、でも獣のように鋭い目つきが一瞬光った。
「エッチしてから、ね?」
 そう言うと彼女は俺の腕を取った。何をするのかと黙って見ていると、こちらから目を離さないで指を舐め始
める。ちゅぱ、ちゅぱという卑猥な音と普段見慣れている自分の指とがリンクしない。それが無性に淫欲をそそ
る。
「指舐めてるだけなのに、先輩おっきくなってますよ?」
 うるさい、という言葉を俺は飲み込んだ。人差し指を舐め上げる仕草はひどく怠惰だったが、それ以上に官能
的で魅力的だった。
「指が性感帯ですか? ……いやらしい。」
 返す言葉が見つからなかった。

 暫く俺の指だけを舐めると、彼女は自分の下腹部をグリグリと俺に押し付けて様子を確かめた。ふふふ、と声
を出して笑う。
「準備OKみたいですね。」
「……お前はどうやねん。」
「先輩が変態すぎて、私も中てられちゃいました。んっ??ほら、こんなに。」
 安田は布団の中へ自分の手を突っ込み、すぐに引き出した。指先に銀色の糸がかかっている。肝心な所を弄っ
てから随分時間が経っているし、もう一度愛撫をした方がいいのだろうかと思っていたのだが、その必要は無
かったようだ。
「なら、ええか?」
「はい。」
「静かにするっていう約束も大丈夫か?」
「そっちは自信ないです。」
 随分とあっさり言ってくれる。それなら出来ないぞ、と言っても多分意味は無いだろう。こいつならそんなこ
と関係無しに始めかねない。事実今だって??
「あはっ、先輩大きくって、素敵です……」
 勝手に人のズボンのチャックを開けて俺自身を取り出している。それからまた下腹部で押し潰すようにして刺
激を与えてきた。ゴリゴリと少し強めの刺激に目の前が真っ白になる。

「こら。」
 歯を食いしばって快感に耐えながら一発頭をはたく。勝手なことをするな、と釘を刺して身体を起こし、先程
脱ぎ捨てたブレザーの胸ポケットを探ってコンドームを取り出した。見ると安田が目を丸くしている。
「何でそんなところから……?」
「どっかの誰かが学校で襲ってきたことがあったやろ。もうこの服も着ぃへんし、ここに入れといてもしゃあな
 い。」
 さっさと装着してしまって押し倒す。正常位でさあ挿れようかというときに、本当に声を我慢できそうに無
い、と下から声が響いた。俺は少し考えて、それから彼女を抱き上げて対面座位の形へ変える。
「約束にもう1つ追加してもええか? ??舌、噛みなや。」
 彼女の声が漏れないようにキスで口を塞ぐ。反論を許さないまま身体を捻じ込んだ。

 いつもよりゆっくりしたペースで抽送を行う。俺のような運動不足では口が塞がったままで激しい動きは続か
ないからだ。本当は激しく身体をぶつけたいが、その気持ちに反してゆっくり引き抜いてゆっくり押し込む。た
だその作業をするだけで頭の芯が痺れてくる。
 下半身から強烈な快感がせり上がってきているからといって、上半身が動きを止めているわけではない。睦み
あう舌は普段通りに激しくお互いの口を行き来する。着けたままだったブラジャーを掌で押し上げて頂を取り出
すと、きゅっと指で摘みあげる。すると舌は固まり身体は反り返り、膣内は更に蠢いた。一拍置いてむーむー声
を上げ胸を叩かれたので、一旦動きを止めて唇を離す。
「はぁ、はぁ、っく……」
「どした?」
「乳首は、ひゃめっ! ……てください。声、出ちゃいますよ?」
 喋っている最中にまた乳首を弄る。この喘ぎ声をずっと聞いていたい。でも今は我慢だ。
「口塞いどるから大丈夫やろ。」
 何か言いたそうに息継ぎをした彼女の口をまた塞ぎ、今度は乳房全体を掴むようにして軽く揺する。平面に近
い胸を無理矢理掴みあげているから感触は殆ど無いのだが、微妙に存在する膨らみと固くそそり立つ乳首に掠る
たびに下半身が強く締め付けられる。予期せぬ所で触るので締め付けが不規則になる。あまりの快感に頭がガン
ガンしてきた。

 彼女から漏れる荒い鼻息が頬から喉元まで落ちる。生温い俺のそれも同じように彼女の肌を伝っているのだろ
う。唾液や粘液、体温を交わしている印象はあったが、呼吸まで交換していたのか。冷静に考えれば馬鹿げた思
いつきだったが、その瞬間は本当にそう思い込んでいた。そうなると彼女の呼気でさえ愛おしくなってくる。
 彼女の全てを手に入れたいのに、どうして自分の身体はこんなに不自由なんだろうか。唾液も愛液も汗も手に
入れてるのに、呼吸を手に入れられないなんて。
 そこまで思考が及んだとき、胸をさすっていた手を取られた。指を組むようにして握られる。
「ぷはっ……おっぱい、ダメ、です。」
 息も絶え絶えといった様子でボロボロ涙をこぼす。無言でその雫を舌で掬い上げてやると、掴まれた手に力が
入る。くすぐったいのだろうか、身体をくねらせる。
 そんな彼女を逃がさないように空いた腕で腰をしっかり抱き寄せてまた口を塞ぐと、俺はピストン運動を早め
た。もう動きたいのを我慢出来るほど余裕が無かった。余裕が無いのは彼女も一緒だったのか、突く度にびくん
びくんと繋いだ腕が跳ねる。さっきまで敏感だった舌の動きも緩慢になってきた。その代わりに腰に回された脚
がきつく締め付けてくる。ぱちゅっぱちゅっと水音と身体のぶつかる音が混じり耳の奥で弾ける。
「むぐっう、んっ??」
 ピッチを上げ数十度突くと数度身体をびくつかせ、安田の身体から力が抜けた。くたりと芯の消えた身体を
そっとベッドに横たえると、俺もなんだか眠たくなってきた。彼女の横のスペースを見つけて飛び込み、約束ど
おり彼女を抱きしめると目を閉じた。

 次に目が覚めたのはまだ日の出前だった。ようやく酒が抜けたのか夜中に比べて身体が軽い。頭だけまだ鉛で
出来ているようだったが、数度自分の頬を張るとすぐに目が覚めた。隣には昨日俺がむさぼった身体がそのまま
転がっていて、スカート1枚だけつけた姿のままだ。
 時計を見ると6時前。例年通りなら在校生は昨日の卒業式の片付けをしなければならないので今日は登校日だっ
たはず。まだ気持ち良さそうに眠っている彼女を揺り起こす。寝顔が可愛かったが仕方が無い。
「……おはようございます。」
「ん、おはよう。涎垂れとるぞ。」
 その言葉に反応して無言で口元をごしごし擦り、声にならない声を漏らして抱きついてくる。
「起きろや。今日学校あるんやろ?」
「……休みます。」
「まだ暫く寝とってもええから学校には行け。サボり癖つけたらあかん。来年受験やぞ?」
 無言で身体を起こして大きく伸びをする。脱ぎ散らかした服を集めてやって手渡すとようやくもぞもぞ動き出
した。

「先輩。」
「なんや後輩。」
「昨日は楽しい日でした。初めて先輩の家族と会えましたから。」
 その言葉で思い出した。昨日は彼女のことをきちんと紹介できなかったんだった。そのことについて訊くとあ
まり聞きたくなかった回答が返ってくる。
「私の紹介なら先輩のお母さまからされましたよ。色々訊かれましたので適当に答えておきました。」
「何を訊かれた?」
「いつ頃から付き合ってるかとか、どれくらい仲がいいのか、とか。私も答えられるだけ答えました。??それ
 から私も色々質問しました。先輩、一人暮らしされるんですよね?」
「……どこからそんな話が出てきた?」
「昨日、夕食の最中に。」
 確かに引越しの予定はある。自分で金を稼いでいるんだから一人で全部なんとかしろ、という父親の鶴の一声
で決まったのだ。別にこのマンションから通勤も出来るのにそんな必要無いだろう、と俺や母親が反対したのだ
が、我が家における父親の発言は絶対だ。だからこの部屋も少しずつ片付け始めている。
「どうして秘密にしてたんです?」
「……言う必要無いやろ、どこに引っ越すとか。」
「私、先輩の部屋に行きたいです。彼女なんですから行かない理由はありません。」
 そう言うと思ったから言わなかったんだ、と言いかけて俺は首を横に振った。絶対にダメだという意味を込め
て。
「どうしてですか?」
 理由ならいくらでもある。俺の部屋に毎日上がりこむつもりだろ、とか俺の部屋になんて来ずに受験勉強しろ、
とか言いたいことはたくさんある。来るなと言うだけならそれらの理由を適当に並べていればいい。でもこいつ
に来てほしくない、一番の理由は??
「ねえ、どうして?」
 俺が男だからだ。こんなに可愛いのが毎日やってきたら、俺が我慢できない。俺がそんなことを面と向かって
言えるわけない。こいつならしれっと言い放ちそうだが、俺はこいつとは違う。
「言えるか、アホ。」
「そこを曲げて、ね?」
「知らん。寝ろ。」
 俺は彼女の追求から逃げるようにベッドを離れた。今彼女に抱きつかれたら押し倒してしまう衝動を我慢出来
なくなってしまう。前はこんな気持ちは生まれなかったのに。

 これはいい変化なのか悪い変化なのか、俺には判断できなかった。

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