週番の山田が号令をかけ、合わせて全員が礼をする。国語担当の進藤先生が教室を出て行き、さて飯だ飯だとまわりが騒がしくなる。
と、同時に、俺は廊下に飛び出した。別に三分で売切れる購買のDXカニクリームコロッケパンを狙っている訳ではない。
……逃げているのだ。
磁石と鉄製クリップを想像してほしい。磁場に入ったクリップは最短距離で直線的に発生元の磁石に飛び付こうとする。
途中で磁石を移動させても、スムーズに針路をカーブさせ追尾する。結局ふたつはくっつく。
……俺は屋上のドアを開けて外に飛び出し、そのきっかり十秒後、肩がとん、と叩かれた。
「やあ、伸也探したぞ。ああ、昼休みまでの4時間が長かった。伸也分が不足して倒れてしまいそうだったよ。
今日の弁当は伸也の好きな唐揚げがメインだぞ。さあ、一つの箸で食べさせ合おうじゃないか」
つまり彼女はクリップ、俺が磁石。授業終了後に黙って座っていると、こいつは二つ離れた教室からダッシュで俺の席にやってくるのだ。
教室でこんな台詞を吐かれた日には、嫉妬と怨念でクラスから村八分を喰らうのが、火を見るより明らかじゃないか!
「……何度も言ってるけどさ」
「なんだ?」
「俺を追い掛けたりしないで、最初から屋上で待っててくれよ」
「何度も言っている事だが……何故だ?私は一秒でも長く、一ミリでも近く伸也の傍に居たいんだぞ」
心底わからない、といった顔で言われる。
「恋人同士が寄り添い、生きていくのは自然なことだろう。……恋人同士、か。何度口にしても」
良いものだな。と彼女が微笑む。俺はこれに弱いんだ。
「……わかったよ、悪かった。飯にしよう」
俺が腰を下ろすと彼女もピッタリとくっつき横に座った。
「……恋人……うん、恋人……」
「おい、静?」
「……恋人同士、伸也、ああ、恋人」
「おいおい……」
これでカップル二年目だから恐ろしい。時間が経つ程、彼女の愛は冷えるどころか、より一層温度をあげていく。
「静」
「ああ、すまない。君との関係について思考を巡らせるのがあまりに気持ちいいものだったから」
「あ、ありがとよ」
うむ、と静は俺に寄り掛かってきた。フローラルなシャンプーの香にどきっとする。
「飯にしようぜ」
「……」
ごまかすように提案するが、彼女はしばらくこちらを見つめ、
「……いや」
と言った。
「なんだか、今、すごく君への愛しさが膨らんできたんだ。
いや、いつもは萎んでいる、というわけではないぞ。あくまで、いつも以上に、だ」
「え?と、つまり何故飯を食わないんだ?」
「セックスしよう」
反論の余地無く押し倒される。肩の辺りで切り揃えられた静の黒髪がフワリと舞い、唇が塞がれ、舌が侵入してくる。
「ん……ちゅぷ……く、ぷ……ぷは……ふふ、伸也」
堪らず、俺は静の胸に手をのばした。
「ふあ……ん……伸也、好きだ……」
ああくそ、涼しい顔で言いやがって。こういうやつを素直クールっていうんだったか?
クラスの誰かが言っていた気がするが……いや、そんなのどうでもいい。
俺の頭はもう、静をいかに気持ちよくさせるかで必死だったからだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「ん、はっ、み、みこと、さん!苦しい、よ!」
「はあっ、はあっ……んん、くふ!」
僕の訴えもいやらしい粘膜の音に掻き消される。
騎乗位と言うのは、なんだか犯されているようでぞくぞくしていい……のだけど、尊(みこと)さんはあまりに容赦がなさすぎだ。
快楽を超えた感覚に息苦しさを感じ、それにまた快感を感じる自分が恥ずかしい。
朦朧とする意識の中で両腕を伸ばし、目の前にゆれる乳房を揉みしだく。やられっぱなしでは、尊さんに悪いからだ。
「んあっ!!?ふあ、やんっ、ああ、はあっ」
ボリュームの上がった嬌声に僕は満足する。尊さんはトロトロに蕩けた目で僕を見つめ、キスの嵐を降らせてきた。
勿論、腰の動きは休めてくれない。
「ちゅ……ん……尊、さん!僕もうっ!」
「んちゅ、ちう、はあ、はあ、んあ、あう、うぅん!」
お互いに限界を感じ、手と手を組み合い、見つめ合う。ラストスパートとばかりにピストン運動が速まる。
「あ、いくっ!」
僕は我慢する余裕も無く中に吐き出した。同時に、尊さんの膣がキュッとしまり僕のを最後の一滴まで搾りとろうと責めてくる。
「ん、きゅ、んああああああああぁぁぁぁああううううぅぅ!」
尊さんも達してくれたようで。しばらくして柔らかな肢体が僕に倒れ込んでくる。
二人の荒い呼吸がぶつかり、どちらともなくキスをした。


「酷いよ、尊さん!僕が苦しいって言ったのに無視するんだもん」
僕は制服のボタンを留めながら、尊さんを睨みつける。
すでにワンピースを着込んでいる尊さんは、しかし無表情で首を傾げた。
「……尊さん。何か言うことあるんじゃない?」
「…………すごくよかった」
「ちがうでしょっ!ごめんなさいでしょ!普通!」
「…………」
「…………」
僕のツッコミが虚しく響く。本当にこの人は昔から掴みどころが無いんだよな。
僕の家の隣に住んでいる、無口で綺麗なお姉ちゃん。僕は昔、尊さんの事をそうな風に認識し憧れていた。
透き通るような肌。腰までさらさらと流れるストレート。さらに口数が少ない事によって生まれる、ミステリアスな雰囲気。
二歳年上のその女性は手の届かない高尚な人だと思っていた。
そんな尊さんに、僕はやたらと面倒を見て貰っていた。
優しくて、クールで、まるで女神みたい、と当時の僕は本気で考えたものだ。

だから、そんな女神に突然「好き」と告白されファーストキスを奪われた時の衝撃は凄まじかった。
さらに襲い来る柔らかな匂い、胸の柔らかさに、僕も高校生のオスである以上耐え切れず……シンボルが反応してしまう。
まずい!嫌われちゃう!……と思いきや。尊さんは、はあはあと息を荒くし、いきなり……口で、しはじめたのだ。
そして現在。あれから何度も肌を重ねたけれど……どんどんエッチになってく気がするな、尊さん。
「……ごめんなさい?」
……あ、そういえばさっき、『謝れ!』とツッコミをいれたんだったっけ。
あまりにインターバルが開いたせいで一瞬なんの事かと思ってしまった。
「いや、まあ、いいよ」
「そう」
ポーカーフェイスを崩さない尊さん。うう、なんだか悔しいぞ。……よし、たまには反撃だ。
「ま?、必死に腰を動かす尊さんも可愛かったし。僕の事が好きってことがよく伝わったから、いいけど?」
わざとらしく横を向きながら言い、チラリと尊さんの様子を伺う。
「……うん」
照れ皆無。そこにはやはり無表情があった。
「……尊さん」
僕は尊さんに向きなおり、正座しながら問い掛ける。
「僕のこと……好きだよね?エッチが好きなだけじゃなくて」
だって、あんまり無反応なのだ。僕の事は別に好きじゃなくて、とも考えたくなる。
「……圭介ちゃん、泣きそう」
はっとする。本当だ。名前を呼ばれて、気付いた。
「……泣かないで」
ギュッと抱きしめられる。あの頃と変わらない匂いにうっとりとなる。
「もちろん、好き……圭介ちゃんが好き」
尊さんが笑った。……ああ、弱いなあ僕。と解らせられてしまった。格好悪いことこの上ない。
尊さんは、こんなにはっきりと好意を伝えてくれるのに……。
「……変なこと聞いてごめん。……僕も好きだよ」
尊さん。僕は尊さんが頼れるような、安心して好きでいられるような男になります。
照れ臭いから言わないけれど僕はそう誓いキスをする。
「…………ちゅ……あ、だけど」
尊さんは思い付いたように口を割ったので耳を傾ける。
「やっぱり……エッチも、好き…………圭介ちゃんとするエッチは、だよ?」
「…………尊さん」
「なに」
「たまには僕が責めてあげるね」
僕は尊さんを押し倒す。素直でクールな尊さんはやっぱり、無表情で……“笑って”いた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「義兄さん、ネクタイ曲がってますよ?」
「ん?ああ、すまない」
「ふふ……ほら」
義理の妹である奈々が、嬉しそうに俺のネクタイを直す。さながら新婚の妻だ。
「はい、できました」
「ありがとう」
「いいえ。では、ん????」
「…………」
またか。俺はため息をつき、唇を突き出すつま先立ちの義妹を軽くチョップしてやった。
「あふっ!……に?さ?ん。何するんですか??」
「こちらの台詞だ」
軽くあしらうと、奈々はニヤニヤしながら言い返してきた。
「別にご褒美のキスぐらい、いいんじゃありません?」
「朝から何を言うんだ」
「わあ、夜ならいいんですね!」
両手を合わせて笑顔を光らせる奈々に、俺は二度目のため息をついた。
「また、ため息なんかついて……。義兄さん?ため息をつくと」
「幸せが逃げる、か?じゃあ、つかせるような事をするな」
「……ふふん」
奈々は何を思ったか鼻を鳴らし、
「とうっ」
「ぐふっ」
腹に突撃してきた。細い腕が背中に回されるのがわかる。
「私たち、愛し合ってるんですよ?キスの一つや二つや三つや四つ、挨拶とかわりません」
それとも、と上目使いで顔を覗き込まれる。
「義兄さんは私が好きではない、と……?」
「そ、そんなことは言っていない」
「じゃあ、ん????」
……負けた。俺は奈々の柔らかな唇を、自分のそれで塞いだ。
「んぅ……ぷはっ……ありがとうございます、兄さん」
「……お前は恥じらいというものを持て」
俺の言葉に奈々はスッと身体を離しながら言った。
「私は私の心に素直なんです。素直なのは、いいことでしょう?それに……」
奈々はわざとらしく自分の(残念ながらあまりふくよかでない)胸に両手を置き、続ける。
「恥じらいなら私、ちゃんと持ってますよ。
いつもいつも義兄さんにキスしたい!逞しい胸板に抱かれたい!って思ってるのを、
乙女の恥じらいハートで必死になだめてるんです。落ち着け?クールに?クールに?って、ね!」
「いや、ウインクされてもな……」
三度目のため息は我慢した。彼女は続ける。
「義兄さんはいい恋人を持ちましたね。素直、クールで妹とくれば、巷で大人気間違い無し、な属性ですよ!」
「素直、クール……ね。わかったよ」
ツインテールに結われた髪の毛をわしゃわしゃと撫で、玄関に向かう。
「じゃ、仕事行ってくる」
「いってらっしゃい。今日は義父さんも母さんも帰りませんから、ラブラブしましょうね?」
俺は苦笑いをして、ドアを閉めた。




実家から徒歩5分という場所に建っている高校が職場。俺は国語の教科を担当している。
さてと、と職員室のデスクにつき学級ノートを探す……が、無い。
「おや……?」
学級ノートと言うのは週番(一週間ずつで生徒に回っていくクラスの雑務係)が、その日の時間割りや発生した問題などを書き記すノートである。
毎日放課後職員室の担任のデスクに週番本人が提出するのがルールなのだが……昨日は提出を忘れたのだろう。
俺はそのノートへの確認印を、いつもこの朝の時間に押していた。
「……習慣的にやってる事が出来ないと気分が悪いな」
別に明日の朝にまとめて押してもいいが……やはり、できるなら今やっておきたい。
教務手帳で週番を確認。今週の当番は……32番、山田圭介。山田か。
山田は確か、いつも少し早くに登校していたと思う。俺は担任しているクラスルームへ向かった。


教室に入り辺りを見回すと、すぐに山田が見つかった。
クラスメイトの新井と会話をしているようだ。……新井がこんなに早く来ているとは意外だな。俺は二人に声をかけた。
「おはよう」
「あ、先生。おはよっす」
「進藤先生、おはようございます。早いですね」
「まあな……ところで山田、昨日の学級ノートが提出されていないようだが」
「え……ああ、僕、忘れてました!すいません」
山田はあせあせと机からノートを出す。
「はい、記入は終わってますから」
「ああ、預かる。今ハンコを……よし。今日は忘れず提出しろ」
「はい」
ノートを返却されながら山田が頭を下げる。
「へへっ、山田意外にドジだな」
「し、伸也くん……」
新井がちゃかし、山田が困った顔をする。
「しかし、新井がこんなに早く来ているとは思わなかったぞ」
「あ、伸也くんは彼女さんと登校してるから早いんですよ」
俺の質問に山田の方が答えた。新井はばつの悪そうな顔をつくる。
「まあ……そういうことです」
「ほう、なるほどなあ……新井に女が……」
「なんなんですか、先生!先生にも彼女ぐらいいるでしょ?」
「う」
答えづらい点に触れられ、思わず唸る。が……別に隠すことでもないか……?一応、義妹というのは伏せて……、
「……まあな」
俺の返事に、またもや山田が反応した。
「へええ。先生の彼女さんって、どんな人なんですか?」
「どんな、と言われても……いや、確か、素直、クールだとか自分で言って言ってたな」
「素直クール?俺の彼女もまさにそんな感じっすよ」
「ぼ、僕の彼女もそうかも……奇遇ですね」
なんと。微妙に絶妙な共通点が判明した。新井が楽しそうに言う。
「いや?、扱い難しいんだよな。いつも伸也、伸也?って」
「伸也?」
「そうそう、こんな……って、静!?お前、今日は大人しく自分の教室に行ったと思ったのに……?」
突然乱入してきた少女は新井の腕を取り、彼を廊下に引っ張りながら言った。
「トイレに行っていただけだ。さあ、伸也。朝のホームルームまで30分ある。屋上へ言って愛を語り合おう」
「ちょ、ま……」
バタン、と引き戸が閉まる。残された俺達はしばらく呆然とし、やがて顔を見合わせた。
「今の娘、素直でクールらしいですけど……僕の考えていたものとは、大分違う雰囲気がしました」
「……同感だ。しかし、まあ、そんなものかも知れない。人の感性は人それぞれなんだからな」
「……そうですね」
俺達は笑いあい、生徒と教師の関係を越えた、何か友情めいたものの誕生を感じるのだった。

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