「……」
 初めてのキス。それは、唇と唇を合わせるだけのもので、それでも俺は
物凄く興奮していた。そして、それは紗耶香も同じだったらしい。
 鼓動を、強く感じる。自分自身のそれも、そして紗耶香のそれも。
「……ん」
 吐息を漏らしながら、名残惜しげに俺達は唇を離した。
 すっ飛ばしたはずの理性が、一つの問題に気づかせてくれたのだ。
 固く大きくなったはずの物も、心持ち小さくなって、何とか目立たなくなる。
「紗耶香」
「なんだ? 気持ちよかったぞ、私は。和明はどうだ?」
「ああ、気持ちよかった……ってそうじゃなくてだな」
 そう。ここは教室だ。俺達が日夜学業を行う学びの園だ。
 そこに全裸のちんまい娘っこと一緒にいる所を誰かに見られた日にゃ、
こう、なんやかんやと問題が起こるのは間違いない。
「ここじゃ不味い。とりあえず、服着ろ」
「ここでは駄目なのか?」
「当たり前だ。誰かに見られたらどうする」
「見せ付けてやればいい」
「アホかっ!」
 ……そういうのって、男が言う台詞とちゃいます?
 っていうか、人が来たら見せ付けるつもりなのか、紗耶香は……。
「俺は色んな意味で社会的に終わりたくは無いし、お前にも社会的に
 終わって欲しくない。だから、とりあえず服着ろ」
「……そうか、私の為を思っての事か。感動したぞ、和明。男という生き物は
 こういうシチュエーションでは何よりも性欲を優先してしまうと以前聞いて
 いたが、和明はそんな男のサガを抑えこんでしまう程に私の事を想って
 くれていたとは……嬉しさのあまり、思わず涙が出てきそうになったぞ」
 ……いや、半々なんですけどね、自己保身と。今更そんな事は言えなくなった……。
「ま、まあ、そういう事、だよ」
「よし、着たぞ」
「はやっ!?」
 脱ぐ時と同じく、紗耶香は着るのも素早かった。
 一体全体下着から制服までをこの速度で身につけるにあたって、こいつは
どんな魔法を使っているのだろうか。謎だ。
「では、どこでまぐわうんだ?」
「まぐわうって言うな! ……と、とりあえず……帰らないか?」
「帰る? どこへ?」
「帰るって言ったら家に決まってるだろ。……あの、だな……俺の家、
 今日、その……家族、いなくて、さ」
 そうなのだ。何とも都合のいい事に、今日俺の家には父さんも母さんも
いない。何やら出張と、それにくっついての観光に出かけ、明後日まで
帰ってこないのだ。それに加えて、いつも口うるさい妹も、今日が中学校の
創立記念日で休みだというのにかこつけて、昨日の晩から友達の家に
泊りがけで遊びに行っている。こちらも、日曜の夕方くらいまでは帰って
来ないだろう。今日が金曜日だから、それで十分だ。
「ふむ、それは好都合だな」
 紗耶香は全く動じた様子を見せずに頷く。何か、えらい意識してる俺が
間抜けな感じだなぁ……。
「だから、その……親御さんには」
 と俺が言おうとした時、既に紗耶香はその手に携帯を握り耳に当てていた。
 おいっ!?

「もしもし、父か。私だ。今日は帰らないのでそのつもりで。夕飯の準備も
 必要ない。何? 何を怒鳴っている。別にやましい事など何もないぞ。単に
 和明の家に泊りがけで遊びに行くだけだ。それがやましい? ……そうなのか、
 和明? ……和明は眉間にシワを寄せているが?」
 ……そこで俺に聞くな。親御さんには女友達の家に泊まりに行く事に
なった、と説明してくれと言おうとしたのに……。
「とにかく、今日は私は帰らないので、食事の用意は必要ない。特に心配する
 必要も無い。では、そういう事でよろしく頼む、父よ」
 そう言うと、かすかに聞こえる親父さんの怒号の声を打ち切るように、
紗耶香は携帯の通話終了ボタンを押した。
「……お前、ホント家族に対してもそんななのな……」
「そんな、の意味がよくわからないが、問題は無い。以前から父は私に
 自分の人生は自分の物なのだから、後悔の無いように選択しろと説いていた。
 父の教えに従えば、今ここで和明の家に行かないという選択をする事は、
 私にとっては重大な後悔の種となる。父に行くなと言われようが、私は行く。
 それが父の教えにも報いる事になるだろう」
 ……お父さん、色んな意味で教育間違ってませんか?
 俺は以前一度だけ見た事のある、いかつい顔をした紗耶香の父の顔が、
何故か夕暮れの空に浮かんで消えた。
「さて、後顧の憂いはなくなった」
 ホントかよ。
「待つのは行為の嬉しさだ」
 ……洒落てるよ。駄洒落てるよこの人っ!? 相当浮かれてるんだな、実は。
顔には出ないからわかりにくいが。
「じゃま、行くか」
 俺はそう言って右手に鞄を持って、歩きだした。
「待て」
 空いた左の手が、紗耶香の一言と同時に塞がる。
 紗耶香の右手が、俺の左手を握っていた。
「この後、そういう事をするわけだから、つまりは私たちは、こうして
 堂々と手を繋いでいてもいいという事にはならないか?」
 ああ、そうか。そうだよな、確かに。
「……なる、ね」
 そうなんだよな。何か、そういう事をするって事にばかり意識が行っていた
けど、ついさっき、俺達は互いの気持ちを確認しあったんだった。
 俺達は、お互いに……互いの事を好きあってるんだ。
「……恋人、かぁ」
「私では不服か? 私には不服は無いぞ」
「とんでもない。不服なんてあるはずないさ」
 左手をぎゅっと握ると、紗耶香も握り返してくれた。
 その温かさは、さっき感じた唇のそれとも似ていて、でも何だかほんわか
した気分にさせてくれて、俺の顔には知らずに笑みが浮かんでいた。
 紗耶香を見れば、同じように笑っている。
「じゃ、かえろっか?」
「ああ」
 俺はゆっくりと、紗耶香の歩幅に合わせるように、歩きだした。
 廊下に出ると、いつもとは違う速度で景色が流れていく。
「紗耶香」
「なんだ?」
「好きだよ」
「私もだ」
 そして、俺達は帰途についた。

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