三田雄介の高校生活は平凡で、全く女とのご縁が無いまま二年目に突入した。 中高一貫のXX学園は、のどかな春に彩られ世のミサイル問題など他所事かのような平和さであった。 だというのに俺の心中は全く穏やかでなかった。 子供の頃からお守りを押し付けられて以来の腐れ縁、北村葉子が中学に入学してきたからである。 兄弟同然の感覚で接してきたはずが、どこで教育を誤ったのか……そう、考えながら、昼食の袋を持ち 教室を出ると、逃げるように目立たない所を探し奔走する。 結局は人を隠すのは人の中と、中庭の人だかりに紛れるという結論に至り、ベンチに腰を落ち着かせた。 俺が何から逃げているのかと言うと、それは葉子だった。 当初は兄弟のように仲がいいねと言われたが、やがて葉子が人目を憚らずにやたらスキンシップを求めてくるようになったからだ。 終いには買い物の時に恋人ですか?と問われる始末だ。 ロリコン犯罪者が跋扈するこのご時勢に、学園でそんな事されたらと思うとゾッとする。 「まぁ、間違い無く変態扱いで学園中から村八分だろうな……」と呟き、持っていたサンドイッチのビニールを剥がした。 暫くして、ベンチが揺れるのを感じ隣に誰が座ったのかと何気なく目をやった。 中学の制服を着たその女子は綺麗な黒髪のストレートで、持っている弁当の袋にはウサギのワッペンがついている。 嫌な予感がする……サンドイッチをあたふたと口にねじ込むと俺はそのベンチを離れようとした。 不意にブレザーの裾を引っ張られ、俺は振り向いた。 そこには目鼻立ちの整った幼い見知った顔があった、葉子だ。 「何でここにいるんだよ!」 そう言った俺に返答するように、葉子は中庭にいる級友に指をさした。 「ああ、聞いたんだな…」 一番最悪な所で見つかってしまった、これでは迂闊に逃げ回ることができない。 下手に突き放して、ここ中庭で中学生を虐めていると見られれば、それはそれでお終いだ。 人ごみに紛れたことで、俺は逆に逃げることが出来なくなっていた、なんと言う誤算。 そんな俺の頭をよぎったの策は兄妹の振りをして誤魔化すという事だった。 二人してベンチに掛けながら、並んで昼食をとる。 「なぁ、葉子…中学はどうだ?面白そうだろう?」 そう声をかけた俺に、葉子はコクコクと頷く。 葉子は無口で無愛想、昔から何を考えているのかわからないが、刷り込みをされたひよこの様に俺に懐いていた。 「友達とかも作らないといけないぞ?だから早くクラスに戻れよ。」 なんと無難な会話、妹を思いやる兄、美しき兄妹愛かな、これを見て文句言うやつは間違いなく性格が腐っているだろう。 それを聞いた葉子はフルフルと首を振った。 「何だ嫌なのかよ、お兄ちゃんとしては葉子の学園生活が……」 そう言いかけた所で、葉子の視線が俺の持っているタマゴサンドに注がれていることに気付いた。 「ほしいのか?たまごは嫌いだったはずだろ?まあいいや、ほらよ。」俺はサンドイッチを葉子に渡そうとした。 葉子は小さな口を開け、はむりとサンドイッチを頬張った。 冷や汗とはこうしてかく物だろうか?そういえば葉子の座る位置が、さっきより近づいてきている。 「よよ葉子?何してるのかなー?」そう言った俺に見せ付けるように、葉子は口を開き俺をまじまじと見つめる。 動揺する俺をよそに、葉子は滑るようにベンチを動き、俺の横にピタリと付いた。 ブレザーの腕の部分をギュッと握られ、俺は動くことも出来ずにこの状況を乗り切らなければならなかった。 いつまでもこんな体制でいるわけには行かない、ロボットのような動きで葉子の手にサンドイッチを渡す。 タマゴサンドを受け取った葉子はムグムグとサンドイッチを食べている。 葉子が手を離した隙を突き、立ち上がって逃げようとして驚愕した。葉子の腕が俺の腕に絡みついていたからだ。 どう考えてもおかしい、妹相手でもこんなことさせている兄は間違いなく変態。 ああ、さようなら学園生活、そして、こんにちは村八分ライフ。 キーンコーン……その時、授業開始の予鈴が響いた。 葉子は絡めた腕を離すと、不満そうに時計を見た。中庭で遊んでいた生徒たちがぞろぞろと教室へ戻っていく。 葉子の去り際に俺は「葉子、入学おめでとう」と祝福してやる。 次の教室はどこか、と考えながら歩き出そうとすると。 不意にドンと抱きつかれ、背中に葉子の指が走るのを感じた。 「ユ………ス……ケ?」首をかしげてその言葉を考える。 「葉子、何が言いたいんだ?」そう聞こうとして、俺は黙りこんだ。 背に走る葉子の指は「ユースケ スキ」そう確かに描いていた。 |