人生は短いと、俺は考えている。 だが具体的に何をしていけばいいのか。 自分の命尽きる時、俺は満足しているだろうか。 生まれてきて良かったと。 そして死ぬならば静かに死にたい。 そんな自分自身について哲学しながら、 俺は今日も宛てもなく、静かな昼下がりの街を散歩していた。 肌寒い曇り空、少し強めの風が道端に転がっている雑多なゴミを静かに揺らして。 特に理由もなく、ただ、歩いていた。 散歩や一人旅が気づいた時から好きで、 小学生の頃から良く歩き回っていた。 国外には行ったことは無いが、そのうち行きたいと考えている。 そんな事を今日のこの日まで繰り返していたせいなのか。 俺にはこれと言って仲の良い友人も、 知り合いも居ない。 あるとしても学校での雑務の用事で話しかける事くらいだ。 避けられていた訳でもない。 そして避けていた訳でもない。 けど、好きな一人旅を続けている時、そこで初めて気づいた。 意外と少し寂しい。 学校のクラスメイト達は他愛の無い世間話や、 年齢相応の恋愛の話や、それぞれの趣味の話題などで盛り上がる。 俺はと言うと馴染めないと言えばいいのか。 クラスメイト達のようにフランクに会話出来ていないようだ。 最近になってようやく気づいたのだが。 どうやら自分は物静かな人間らしい。 だが、俺自身はそこまで静かにしているつもりは無い。 心の中ではこうして物事を頻繁に考えたりする。 それでも人間、言葉にしないと伝わらないようだ。 自分に出来る限りの努力もしたが、いつも同じ言葉を言われる。 「近寄りがたい」 「遠くに居る感じ」 「なんか別の場所に居るような気がして」 こんな風に感想を聞けるまでは、 会話センスの努力をした。 それでも、結局根本的には解決出来ていないらしい。 それならそれでいいと、俺は諦めた。 確かに誰かが隣に居ないと寂しいが、そこまで必要としていなかった。 話せれば、居れば少し嬉しいと、それだけだった。 そう、彼女に出会うまでは。 進級し、俺は生徒会に立候補した。 理由はやらないよりは、将来への投資という事だ。 結果は成功、人並みに勉強していたおかげか。 と言っても書記だが。 時間が経って、生徒会の面々と顔を合わせる事となった。 司会の話を耳に聞き流し、ついに自己紹介。 「……では、書記の久野永智さん」 「久野です、頑張ります、よろしくお願いします」 他の自己紹介は意外とこっていたが、 特に話す事も無いので俺は簡潔に自己紹介をした。 あぁ、飾り付けるべきだったか、印象悪かったのだろうか、少し心配だ。 「み、水島悟司です!しゅ、趣味は読書です!!」 「せ、先輩に憧れてこの生徒会に入りたいと思いましたッ!!」 「よ、よろしくお願いします」 「??では次の方」 何故こんなにも他のメンバーが盛り上がるのか理解出来なかったが、 少し周囲に目を泳がせていると、ようやく理解する事が出来た。 一人、雰囲気が違うメンバーが居た。 「進藤あかりです、皆さんと今後生徒会長としてこの生徒会を運営していきます」 「他校と違い、特に権限も無い生徒会ですが」 「やる事は沢山あります、私も一層の努力をしますので」 「皆さんも是非、本校をより良くする為に努力していきましょう」 「以上です」 「では次に??」 まるでプロのナレーターのように整った台詞。 この人は別次元だ。その時そう確信した。 容姿も、表情も、全てが整っていた。 無い物を、それも具体的に何を指すのかも理解しないまま、 求め続けて、未だにソレを手にしていない俺には、 まったく無縁だと、そう思った。 頭で何かを考えると、整理するのに苦労する。 この後は少ない説明とそれぞれの仕事内容の解説だった。 すぐに説明会は終わり、それぞれが部活や帰宅する為に散っていった。 部活も習い事も特にやっていない俺はゆっくりと放課後を過していた。 自分のクラスに戻り、教材を片付けて帰ろうとした時だった。 廊下で、愛を叫ぶ者が一人。 「あ、あの!付き合ってください!!」 その声はつい先ほどまで聞いていた声だった。 確か、水島とか言ったか。 告白している水島は気づいているのだろうか。 ここが廊下で、放課後には目立ちすぎる大声で愛を叫んでいる事に。 おまけに周囲にはひそひそと観客が集まってきている事に。 目撃しているのは勿論俺だけではない。 「お断りだ」 「な、なんでですか!!」 「キミとはついこの間知り合ったばかりだ」 「お、俺はその時貴方に一目惚れしたんです!」 「それは嬉しいのだが、個人的に一目惚れという言葉は」 「好いていない」 その時、好いていないという言葉が妙に重く感じた。 気のせいだろう。 「??え?」 「すまない、とにかくキミの言葉には頷けない」 「たとえ天地が翻ろうとも、な」 そう言い残し、会長は颯爽と水島を残し帰っていった。 流れるように俺の隣を風のようにするりと横切る時、 なんとなくだが、目を見られた気がした。 ……ような気がする。 その後の水島はズタズタなり、 周囲の観客達が水島を慰めていた。 慰め言葉の一つ一つが良く聞き取れた。 「高嶺の花」 「少し変わった人」 過去に俺も恋愛に興味はあったが、 実体験ゼロだ。 恋愛もあったらいいだろう、くらいにしか。 過去に俺も何回か、告白された事はあった。 だが付き合うという行為は、個人的に慎重にならなければと思っている。 心に関わってくる出来事は、本当に面倒なもので、繊細で、扱いづらい。 きっと、とにかく付き合いたい一身で付き合った人達は後悔するだろう。 だから俺はこれからも一人なのかもしれない。 ぶつぶつと、そんな傍から見ればあまりにも虚しい考え事。 そんな事を考えつつ、今日も白い息を吐きながら、 少し青空が見えてきた空を仰ぎ見て、家へと続く道を俺は歩いていた。 父と母は常に海外へ出張する。 それだけ有能なのだ。 家には一人っ子の俺一人。 家事も、勿論炊事も全て俺がやっている。 父と母が忙しいからこそ、こうして生活出来ている。 父と母は、仕事上とは言え海外を飛び交う事が好きらしい。 きっと俺の旅癖もここから来ているのだろう。 夕食は和食を主に俺は食べる。 胃が楽で、栄養も良い。 それに納豆と魚は好きだ。味噌汁も旨い。 テレビは基本見ない。 だから俺の家はいつも暗い。 今日の灯りは俺の部屋のデスクライトと台所の蛍光灯だけだ。 こんな生活をしているせいか、メガネを使わないといけなくなっていた。 今日はこの前買ってきた小説を読むことにした。 内容は恋愛物だ。 恋愛経験が無い俺にとっては参考資料とでも言うべきか。 自分に無い経験だが、無い故に思春期な俺には興味がある。 小学生の頃から気づけば仲の良い関係だった二人が、 徐々に時が立つにつれて離れていく。 ありそうな話だが、そうだからこそ良いのだ。 今回は恋愛物を読んでいるが、基本興味の出来たものは何でも読む。 前はガーデニングの本を買ったような。 本棚を漁ると、やっぱりあった。 何で買ったのか、今でも不思議だ。 それから半分程読み終えた後、俺は早めに寝付いた。 やる事も無い。勉強はとっくに済ませ、寝るしかない。 ふと、寝る前に小学生の頃を思い返した。 あまりその当時の記憶は確りとは覚えていない。 曖昧にしか、あの頃からずっと今も変わらず、生活している。 所々覚えているが、日常の出来事がどうも曖昧だ。 何かのきっかけで、思い出せれば。 覚えていないよりは、覚えているほうがマシだ。 今後の生き方のヒントがあるかも分からない。 そんな事を考えていると、自然と寝付いていた。 次の日からも、今までと特に変わらない日常が続く。 ちらちらと小さい幸せを感じて、生きている事を実感したりするが、 どうも一つパーツが欠けたパズルのようにいつも何故か虚しかった。 変わった出来事と言えば、初めて会長と少し会話した、事か。 「……」 時々ずれるメガネを中指で直しながら自分のペースで書記をこなす。 春が近くなって少しずつ過しやすくなった放課後に、 少し違和感のある雰囲気を持つ存在が生徒会の扉をゆっくりと開けた。 「真面目だな、永智君」 会長の喋り方は周りと少し違っている。 だが特に違和感無く馴染んでいる。個性だろう。 それと何故か俺だけ下の名前で呼ばれていた。何故だろうか。 分からないので放置。 「あぁ、会長、すぐに終わらせます」 「いや、急がなくてもいい」 会長の表情は柔和だった。 いつもはキビキビした表情なんだが。 人間観察をたまにしていると人の特徴が良く目につく。 それも昔から、ずっとだ。 気づけば会長は俺と向かい合う形になっていた。 椅子も隣の机から持ってきていたらしい。 少しの間とは言え、気づかなかった。 「どうかしたか」 「あ、いや、考え事です」 「……」 ……ペンが走る音しか聞こえなくなっていた。 特に話す話題も無く、この会長を前にしては少し硬くなる。 なるべく目を紙と文に向け、メガネを直そうとした時だった。 真下を見過ぎていたのか、メガネが少し外れた。 だがそれと同時に会長の両手が俺のメガネをかけ直してくれた。 「あ、すみません」 「そんな体勢していると、体に良くない」 メガネをかけ終えると会長の指が頬を優しく伝っていく。 なぜかゆっくり撫でるように見えるが、疲れているせいだろうか。 すっと頬を離れる指先が、妙にいやらしいのは気の迷いだろう。 相変わらず少し俺は緊張気味だった。同じ学級とは言え、風格が違う。 柔和な表情と先ほどからの行動が余計に理解出来ない感情を生み出していた。 「……終わりました、でも会長」 「なんだ」 「その、何か用事でも?」 「いや、帰りの仕度をしようと生徒会室に戻ったら」 「黙々と仕事をこなす真面目なキミの姿が見えたのでな」 「見ていると飽きないものなんだぞ、ふふ」 「そ、そうですか、俺はもう帰りますけど」 「そうか……、それじゃ」 この日以来、時々会長と話す機会が増えた。 その過程で、会長が特に恐ろしい存在という訳でもないという事。 そして少しばかり会長と話すのが楽しくなってきた事。 会長は自分の性格でどうも周りと上手く付き合えないと話していた。 治そうとしても自分の根は変えられないようだと。 俺も似たような事で少し悩んだ。 似た物同士と言うか、親近感が沸いたんだ。 ただ、この感情が時々恋愛なのだと思うとき。 それはきっと思春期童貞な俺の妄想癖なのだと。 そう思うことにした。 そんな日々が続き、桜が舞い散る季節になった早朝。 いつもの旅癖のせいで早い時間に家を出ていた。 春休み前、いつもより遅めに登校できると言うのに。 時間を潰す為に俺は、何となく近くの公園へ向かった。 「……桜か」 公園は満開の桜で囲まれていて、 地面には落ちた桜が積もり、 雪のように桜が深々と、ひらひらと落ちていた。 そんな風景に浸っていると、突然隣の桜の木が揺れ始めた。 「……?」 なんだろう、サルにしてはここは都会に近いし。 そう思って桜の木の下へ行き、真上を見上げると。 見事に美しいピンクの、桜ではなくパンツが?? 「……あ」 「……」 沈黙が続く、どうやらサルでは無く人間だった。 それも女性だ。そして俺はその女性の下着を見てしまった。 更に追い討ちをかけるようにそのパンツの主は?? 「か、会長?……」 「あぁ、おはよう永智君、今日は桜が満開で素晴らしい日だね」 「あぁそうだ、ついでなんだが私を受け止めてくれ」 最初は何を指して受け止めてくれ。 と言われたのか理解出来なかったが、 次の瞬間会長が勢い良く高い位置にある桜の枝からヒョイと落ちてくる。 落ちてくる。落ちてくる!? 「あ、あ、ど、どうする、どうする、受け止める、そうだ、そうだ!」 咄嗟に会長のタイミングに何とか合わせて受け止める体制を作る。 途中再びピンクの男子の夢が見えたが気にしない。 そしてお姫様抱っこの形で会長を受け止める。 これが人生初めての人間キャッチ。そしてお姫様抱っこ? 少し違和感があったが、まぁ、気にしない。 それと意外にも会長が軽い事に驚いた。あ、いや、意外になんて失礼か。 「大丈夫ですか、何であんな場所に」 「あぁ、それはだな……」 「おねえちゃん、おねえちゃん」 公園の入り口から小さい女の子が駆け寄ってくる。 なんとも可愛らしい顔を涙でぐしょぐしょにしながら。 「くまさん、くまさんは?」 「あぁ、これだろう?はい」 「うわーっ、ありがと……くまさん、ごめんね」 すると、もう一人駆け足で脛の辺りに絆創膏を貼った男の子が寄って来る。 あぁ、この子がクマのぬいぐるみをふざけて桜の木に隠したのか。 それにしてもあんな高い所に、運動神経凄いな。 「……」 男の子は黙りこくっていた。 なるほど、謝り辛いのか。 俺が助け舟を出そうとした時、既に舟は出されていた。 「遊んで欲しかったんだろう?ん?」 「……ん」 コクリ、とキャップの向きを反対にしてかぶっている男の子。 いかにもやんちゃそうな雰囲気がある。 「……いつも、いっしょに、ぐすっ、あそんでだがら……」 鼻水を垂らしながら泣き出してしまう男の子、 そんな男の子を会長は頭を撫でながらハンカチで少し泥のついた顔を拭いてあげた。 優しい人だ。 「ごめんね……かーくん」 「おれ、……ごめん、ごめんな……ひっく、ぐすっ」 「ほら、反省してるみたいだし、仲直りするんだろう?」 「うん、……かーくん、ごめんね、わたしわかんなかったの……ぐすっ」 「いいよ、……ぐすっ、またあそぼうぜ!ほら、いこうぜ!!」 「うん!」 男の子は涙と鼻水を裾で拭いて、女の子の手を取って、 二人して目を赤くしながら走っていった。 「おねえちゃんありがとー」 「ありがとなー!!!」 「気をつけるんだぞー!!!」 「ふ……」 「お疲れ様です、凄いですね会長は」 「……朝少し早めに来たら公園で桜の木を見上げて困っていてな、それでだ」 「キミも腕は大丈夫か?あんな高さから受け止められた人を見たのは二度目だぞ」 「二度目?前にもあったんですか」 「あぁ、幼少の頃にな」 「腕なら大丈夫ですよ、会長軽かったし、この通り」 「ならいいんだ、おっといかん、遅れてしまう」 「ついでだ、一緒に行くか」 「あ、はい」 そうやって俺と会長は、特に違和感無く。 普通に並んで一緒に学校へ向かう事にした。 友人、なんだろう。尊敬する。 「そういえば同じ方向だったんですね」 「あぁ、そうだな」 「私は前から知っていたが」 「そうなんですか」 「あぁ」 「……ほら、新しい奴だ、メガネ、汚れてしまってるだろう」 「あぁ、そんな、すみません」 俺は渡されたハンカチでメガネを拭いた。 「メガネを取った方も、良いな」 「……そうですか?」 「あぁ、男前だ」 「あ、これ洗って返します」 「いや、いい」 「いえ、そんな、洗いますよ」 「……わかった、少し残念だな」 「え?」 「いや何でもない、ほら、行くぞ」 「あ、は、はい」 そう言うと会長は学校へ駆け出した。 俺もそれを追いかけていく。なんだか懐かしい。 「それと、永智君」 「はい」 「……見たんだろう?内緒にして欲しい」 「は、はいッ」 「うん、ありがとう」 「もう少しマシなものにすべきだったか……」 「はい?」 「いや、なんでもない」 そんな風に生活し続け、遂に春休みに突入した頃。 勿論親しい知り合いも友人も居ない俺は非常に暇だった。 そして、生徒会室に呼ばれ、俺の暇は良い形で無くなった。 「春休みの作文……ですか」 「あぁ、春休み明けの全校朝会で発表しなければならない」 「春休みの間、何をして過し、何を想ったか、と」 「それで、特に用事も無い俺に手伝えと」 「おや、用事が無いのか、ならちょうど良かった」 「キミはいつも忙しそうな雰囲気だから、少し気が引けていたんだ」 「分かりました、取りあえず何かすればいいんですね」 「そうだな、山に行ったりなど、相手が居なければつまらないのでな」 「私にはそういう友人的繋がりでこういう風に誘える相手がキミしかいないんだ」 「はは、俺も同じようなものです」 「それじゃ、早速今日付き合ってもらうぞ」 「はい」 今日この日から、長いようで短い……。 そんな桜舞い散る春休みの始まりを告げた出来事だった。 |