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諫酒 空(いささか そら)先輩は、我が校でも知らぬ者はいない才媛だった。
否、女傑と言った方が正しいかもしれない。
眉目秀麗、文武両道で頭脳明晰、常に成績は学年トップクラスを堅守し、武芸十八般に優れる。
彼女に挑む者、論戦を挑めば妖刀の如き弁舌をもって討ち伏せられ、敗北感に沈み、
暴力に訴えようものならば、振るう拳は一撃鏖殺、たちまちのうちに胃液を吐き、
リノリウム、またはアスファルトの大地に沈む。
まさしくなにかの冗談、ターミネーターか大魔神のような先輩ではあったが、
その暴威は、ありがたいことに著しく正道を踏み外したものにしか振るわれなかった。
諫酒先輩の銀縁眼鏡が輝くところに悪は栄えぬ、とまで言われるようになった。
その理知的な輝きにさらに研ぎを加えるかのように、
諫酒先輩は引く手数多の運動部の勧誘を蹴り、斜陽の文芸部に身を置き、
日々、小難しげな書籍を読みふけっている。
俺がそんな評を聞いたのは、文芸部に籍を置いた後のことだった。
冷淡な見た目とは裏腹に、
懇切丁寧に後輩部員に部活動や学内での諸事情について解説してくれる諫酒先輩は、
まさに、後輩部員の尊敬の的だった。
諌山先輩は他の後輩(つまりは俺の同期である)の中でも、特に俺に懇意にしてくれたものだ。
あれこれときめ細やかなアドバイスをくれると共に、
先輩が読んでいるドストエフスキーやらクラウゼヴィッツやらの難解な本が、
実はカバーをすげ替えただけの下らない(と言うと怒られそうではあるが)
仮想戦記であることを明かしてくれた。
そんなこんなで、先輩と一緒に博物館の特設展めぐりやら、
ケーキバイキングに付き合っているうちに、
気がつけば、いつの間にやら俺は、先輩の彼氏として仕立て上げられつつあったのだった。

さて、完全超人のような先輩ではあったが、無欠というわけではなかった。
本人は全く気にしていない(風を装っているという噂もある)ようだったが、
体格が極めて小柄で華奢ということである。
身長は正確に測ったわけではないが150センチにすら満たないかもしれない。
発育の良い小学5年生と並べると、ヘタをすると年下にみられたりさえするかもしれない。
ゆえに、先輩は実年齢より下に見られることを殊更に嫌った。
そして、高いところにある物も。
その日、俺が先輩に呼ばれたのもそういったことだった。
「森下君、すまないが部活動後、私の部屋に来てくれないか」
「はぁ。一体何用でしょうか」
先輩は実家が遠く、また自活力を養うためとして学校の近くのマンションに一人暮らしをしていた。
「いや、なんということはない。
読み飽いた本を整理したのだが、置き場に困ってな。
箪笥の上にでも置こうと思ったのだが、私では踏み台に登っても丈が足りないのだ。
そこで、身長180センチ以上ある君に頼みたいのだ」
「ええ、まあ、それはお安い御用ですが・・・・・・」
「ですが?」
「一人暮らしの女性の家に男がホイホイと行って良いものでしょうか?
外聞の面でもいろいろと問題がありそうで・・・・・・」
「そんなことか」
先輩は朗らに微笑んだ。
「そういったことを気にするからこそ君を選んだのだ。
そのぐらいに古き良き貞操観念を持ち合わせた殿方ならば、狼藉に及ぶことはあるまい。
節を通すためならば、据え膳も喰わぬ男と見込んだからこそ君に頼むのさ」
「それは男として喜んでいいものなんでしょうか?」
「とりあえず喜んでおきたまえ。私の眼鏡に適ったのだからな」
そう言って銀縁眼鏡をキラリと輝かせると、
口元を笑みの形に綻ばせた。
だが、その微笑には反論を許さぬ、静かな迫力があった。

さて、部活動後(とはいっても、各自好き勝手に雑談・読書・執筆をしているだけなのだが)、
俺は先輩の暮らすマンションへと案内された。
小新しく、小奇麗なマンションだった。
時すでに18時半を回り、陽はすでに地の果てに沈んだ。
「ここだ」
先輩の部屋は1階の角部屋だった。
「1階でなければ、本の重みで床が抜ける恐れがあるのでな」
そう言いつつ、先輩は開錠し、ドアを開け、俺を招き入れた。
この人はどれだけ本を持っているんだ?
その疑問から生じた想像に比べれば、実際の本の量は少なかっただろう。
リビング空間の壁際のあちこちにダンボール箱が積み重なっていた。
25、6個はあるだろう。あれ全部に本が詰まっているのだろうか。
その他はといえば、パイプベッドとTVを上に載せた小さな本棚、
そして今回の依頼の元凶となる堅牢そうな箪笥ぐらいしか置かれていない。
整理整頓こそされているが、なんとも殺風景な部屋だった。
女性の部屋に入る機会なんていうものは今までになかったが、
10代、高校生女子の部屋と呼ぶにはいささか殺風景に過ぎる空間とも思えた。
ぬいぐるみやポスターのひとつぐらい飾ってあっても良いだろうに、
と思って目をやった先に、飾ってあった。
三八式歩兵銃殿が、壁に堂々と架けられていた。
「先輩、あれは・・・・・・」
「ん? あれは三八式歩兵銃だが」
どうやら、俺の見立ては正しかったらしい。
「君を招く為にわざわざ押入れから引っ張り出したのだ。
普段はAK47を飾っているのだが、やはり大和撫子ということをアピールしておきたいと思ってな。
九〇式小銃とどちらを飾ろうかと前の日曜に半日かけて検討した結果、
知名度があって見栄えのするこれを選んだのだが、正解だったな」
俺が思っていた大和撫子は、三八式歩兵銃にうっとりした視線を向けたりはしない。
「本当は三八式歩兵銃の中から特に精度の高いものを選定した、
三八式狙撃銃を置いておきたかったのだが、父がどうしても貸してくれなかったのだ。
仕方がないので歩兵銃で涙を飲んでワケなのさ。
なんといっても、実品で私が持っているのはこれだけだからな」
「はぁ・・・・・・・・・・・・。えッ、実品?」
「祖父から相続したのだ。
無論、所持の許可証も持っている。
君を招くのにコピー品のAKでは失礼に当たると思って、架け替えたのだ」
「コピー品」というのが、模型なのか、
第三国で造られた海賊版を指すのかを訊ねる勇気も起きなかった。

「まぁ、それはさておき、さっそく仕事をしてもらおうか」
そう言うと、先輩は箪笥の上に上げるダンボール箱を2つほど選定した。
これだけ数がある中で2つ上げた程度では無意味とも思えるのだが。
上蓋を閉じられていない箱の中身を窺うと、
一つには小難しいタイトルが並んだ岩波の文庫本と、
荒唐無稽なタイトルが荒れ狂う仮想戦記が詰まっており、
もう一方には年齢相応な(?)少女マンガと、
滝沢聖峰やら小林源文やらといった戦記漫画が入り混じっていた。
カオスだ。実にカオス。
中国には「混沌」という妖怪の伝説があるらしいが、
それがピアニカでフニクリフニクラを吹き語りしながら、鼻からシャボン玉を吹くくらいにカオスだ。
「あまりまじまじと見るなよ。
私とて女の子なのだ。趣味の一端を覗き見られるのは恥ずかしい」
恥ずべき点はもっと他にあるのではないかとも思うのだが・・・・・・。
とにもかくにも、さっさと仕事を片付けるに如くはない。
ダンボールの一つ目を担ぐと、箪笥の上にヘと載せる。
さすがに本が詰まっているだけあってかなりの重さがあるが、何とかならないものではない。
「おお、さすがだな。
あとで夕食をご馳走しよう」
「夕食なんていいですよ。
家に帰れば嫌でも食うことになりますし」
背後からの声に答えつつ、二個目のダンボールを担ぎ上げると、一個目の横に置く。
これで、任務完了だ。
「上げました。日も暮れたことでしたし、俺はこれで」
そう言いつつ、振り返ったとき、思わず全身が硬直した。
そこには、半裸の先輩がいた。

校則で定められた膝下まであるスカート丈を律儀に遵守した腰から上には、
下着すら纏わぬ上半身があった。
透けるのではないかとも思えるほどに透明感のある白い肌を、
惜しげもなく俺の視線と蛍光灯の明かりの下に曝し、諫酒先輩は立っていた。
ほっそりとした肢体は、貧相と評することが申し訳ないくらいにしなやかで、
奥に秘めた筋肉の脈動の力強さを想わせる。
両の胸は常の評判に違うことなく、申し訳程度の薄い起伏で、
その狭間には肋が浮き出るほどであったが、
先端の突起は澄んだ淡い桃色を湛え、ツンと突き立っていた。
そして、細い体躯ではあるものの、腰周りは緩やかな曲線を描き、くびれを象っていた。
なだらかな曲面によって構成されたその腰周りは、割れない程度に引き締まった腹筋を浮き立たせ、
魅力的な陰影を、その白い肌に描き出している。
華奢ながらも華奢なりに、いや、華奢の文字が表すように、
華やかで品格を湛えた色香が、そこに体現されていた。
「せ、先輩・・・・・・、いったい、何を!?」
「何って、着替えだが?」
白磁のような顔に羞恥の色を見せることなく、不思議そうに先輩は答えた。
俺が対応に窮しているのが、心底理解できないとでもいうように。
「自室に戻ったのだから、制服でいる必要はないだろう?
夕食を作るにも、制服では何かと都合が悪い。
だから私服に着替えようとしているのだが、君はそれに何か疑問でも?」
「疑問も何も・・・・・・、男が、異性がいるんですよ!
そんな状況で肌を晒すなんて、どうかしています!」
「別に私のような幼児体型に劣情を催すような輩はそうそうおるまい。
それとも、君はロリータコンプレックスの気でもあるのかな?」
からかうような口調ではあったが、眼光は鋭く、
虚言を言おうものならばどのような行動に出るかわからない危険さを孕んでいた。
「そんな・・・・・・、わけないでしょう!?」
「ならば君はボンキュッボンなセクシーダイナマイトなバディがお好みかな?」
先輩の眼鏡が妖しげに輝き、その奥の表情を隠した。
しかし、セクシーダイナマイトなんて久しぶりに聞いたフレーズだ。
いまはそんなことをぼやいている場合ではないのだが。
「まぁ、男性とは大体、胸のある女性を嗜好するものだからな。
そのあたりのことに関しては私も理解しているつもりだし、
それに関しては自身の体型について涙を飲むつもりだ。
もっとも、君がロリータコンプレックスだというのならば話は別だが」
「だから、そんなわけはないといっているでしょう!」
「ほぅ、ならば君は私の体を見て劣情を催さないわけだな。
ならば、私が肌を晒したところで、君の欲望の対象にはなりえない。
つまり、私が全裸になったとしてでも」
そう言いつつ、先輩の細い指がスカートの縁にかかった。

「待ってください! それとこれとは話が別です!」
思わず、大きな声が出ていた。
「別?」
スカートに手をかけたまま、先輩が怪訝そうに聞き返す。
「全く別の話ですよ! 俺がロリコンか、先輩を見て劣情を催すかどうかってのは!」
「つまり、君はロリコンでもないのに、私の幼児体型に欲情しうる、ということか?」
「ま、まぁそういうことになるん・・・・・・で、しょ、う」
なんとも答え辛いが、いままでの流れからすると、そうなってしまうだろう。
「ほぅ、では教えてもらいたいものだな。
君がロリコンでもなくてこの私の低身長、貧乳な発達不良の肢体に魅力を見出すのかを!」
およそ30センチ余もの身長差があるにも関わらず、
先輩はまるで見下ろすかの如き威圧感をもって、こちらを睨め上げる。
「それは、その・・・・・・」
なんと答えればいいものか。そもそも、喉が硬直して満足に声も出ない。
思わず後じさり、目が泳ぎそうになった。
「目を逸らすなッ!」
一喝され、背筋が跳ねた。
「君の率直な考えを聞きたい。
君が私の貧相な肢体に欲情を覚えるに至ったと考える、その理由を」
「り、ゆう・・・・・・」
急に柔らかみを増したその声に包まれ、
俺の脳味噌は意図せぬうちに、必死にふさわしい語彙を探っていた。
「理由、それは・・・・・・、
先輩が、俺の憧れの人だから」
「憧れ? それだけなのか」
不意に、先輩の表情に陰のようなものが差した。
「いや・・・・・・、憧れでは不適切かもしれません。
俺は、先輩に、れ、恋愛感情とでも言うべきものを抱いているのでありますッ!」
思わず語尾が上ずった上に、なぜか兵隊みたいなものの言い方をしてしまった。
だが、先輩はなお満足しない。
「その感情を、もっと率直に、かつ簡潔に表現してもらいたいものだな」
相変わらずの硬い表情の上目遣いのまま、先輩はグイと一歩踏み出した。
もう、破れかぶれだ。
「俺は、先輩が、好きですッ!」
そう言ったとき、言い切ったとき、言い切ってしまった瞬間、
先輩は腰が砕けたかのようにクタっと崩れ落ち、
フローリングにへたり込んでしまった。

「せ、先輩!?」
それまで鋼鉄の柱の如き剛直さで立ち続けていた先輩が、
急に骨を抜かれたかのように座り込んだのを目の当たりにし、
一瞬何がなんだかわからなくなった。
その混乱から間を置くことなく、急病という戦慄すべき可能性が湧き上がり、
救急に連絡すべく携帯電話に手を伸ばしかけたときだった。
「やっと言ってくれたか!」
先輩は地面にへたり込んだままケタケタと笑っていた。
「いや、大事はない。心配をかけたならすまなかった。
ただ、目的を遂げたと思ったらつい、力が抜けてしまった」
「目的?」
「君に告白させることだ」
先輩は床にペタンと座り込んだままに語った。
「もとを辿ると、私が君に惚れたのだ。
そして、君に対してあれこれと世話を焼いてみた。
この時点で脈無しであれば、私とて手を引くつもりだった。
だが、いろいろと君の周辺から君の様子を聞いてみたところ、
まんざらでもない様子だとわかったのでな。
あと一声が欲しかった。
私もこの高校にいられる時間は段々と限られてきている。
君との関係をより決定的にしたいという焦りが生じたのさ。
そこで、今回の賭けに出てみたわけだ」
いつになく先輩は饒舌だった。
さっきまで冷たさを感じるほど白かった頬に、ほのかな紅みがさしていた。

「君から『好き』の一言を引き出すために、どうすればよいかと思案した結果がこれだ。
私とて女の子だ。男性の目の前で肌を晒すことには躊躇いがある。
とはいえ、君から例の一言を引き出すためには惜しむべくもないと思えた」
「俺がもし、ただのロリコンだったとしたら?」
「それは悲しむべき状況だったろう。
それでも、私は君を受け容れたかもしれない。
いや、むしろ、それを幸いかもしれないと考えていた自分さえいた。
今思えば、虫唾が走る」
先輩はその考えが心底穢らわしいとばかりに、わずかに白い体を震わせた。
「そして、万に一の可能性ではあったが、
君が私を手籠めにしたとしてでも、私はそれを受け容れる覚悟があった。
あるいは、そこで既成事実を作ってしまうという爛れた考えさえあったのだ。
私は、君になら処女を捧げても惜しくはないと思った、否、今でも思っている。
君が古き良き貞操観念を持っていてくれたのは、
私にとっては一面幸いであると同時に、一面失策であった、ということだ」
はぁ、と先輩は一息をつく。
体内に満ち足りた何かが、溢れ出したかのような吐息だった。
「まぁ、見苦しいものを見せて悪かった。
この埋め合わせは・・・・・・」
「冗談じゃないですよ!」
誰かが場にそぐわない大声を出した。
あとで思い直すと自分自身だったのだが。

床にへたり込んだままの先輩は、目を白黒させながら俺を半ば呆然と見上げていた。
「そんなくだらん企ての為にこんな真似をやらかしたんですか!
馬鹿馬鹿しいなんて言葉では言い足りない!
いいですか、先輩はうちの学校で憧憬の眼差しを一身に集める才媛なんですよ!
その人がこんな痴女みたいな真似をするなんて!
もっと自分の体を大切に扱ってください!
いいですねッ!?」
先輩は声も出せないのか、怯えたような表情でコクコクと頷いた。
激情に駆られていた俺は、今思えばそのあたりでよしておけばよかったのに、
なおもその憤激の噴出孔を求めてしまっていた。
「えぇぇぇぇぇいっ!
一体いつまでそんなだらしない座り方をしているつもりですかッ!
そこに直りなさい! 我輩が小一時間、ミッチリ説教をくれて進ぜよう!」
我輩とは誰だ? そんな今までに使ったことのない一人称を持ち出すほどに、
その時の俺は自分を見失っていた。
雷に撃たれたかのような勢いで正座した先輩は、目尻に涙を浮かべつつ、俺を見上げていた。
「あの・・・・・・」
「何かァッ!?」
「その前に、な、何か、上着を着て・・・、いいでしょうか?」
その怯えきった声と、晒されたままの白い肌に、
俺は正気に戻されることになったのだった。

その後、互いに床板に額を擦り付けあうほどに頭を下げて自身の不始末を詫びることになった。
それが一段落した後、先輩は私服に着替えて(無論、俺は別室に一時移動したのだが)、
詫びの一環として炒飯をご馳走してくれた。
かねてから聞いていた噂では、諫酒先輩の手料理は食品青酸の異名をとると聞いていたのだが、
もとより口に入るものならば何でも食える自分のガサツな味覚のためなのか、
あるいは先輩が練習を重ねた結果なのか、
この日食べた炒飯は美味とまで言うほどではないにせよ、食すに値するものだった。
「すまなかったな、見苦しいものをお目にかけて」
落ち込んだように先輩が呟いた。
「見苦しいだなんて、そんな・・・・・・」
炒飯を頬張ったまま、俺は慌てて答える。
「先輩は十分に魅力的です。
全校の、そして俺の憧れの対象なんです。
だから、もう二度とあんな軽はずみな真似はしないでください」
「うん、肝に銘じるよ」
そういいつつスプーンを口に運ぶ先輩はどこかしょんぼりとして見えた。
「ですが、先輩。俺も嬉しかったですよ。
先輩にそれほど想われているというのは・・・・・・」
「つまり、君も私との交際を悪いとは思っていない・・・・・・ということか?」
なんとも答え辛い問いではあったが、俺はそれに答えた。
「ええ、まあ・・・・・・そういうことです、かね」
その答えを聞いた瞬間、先輩の端正な顔が、歓喜の形に歪んだ。
「決めたぞ、森下君! やっぱり私は君をもらう!」
そうのたまうと、先輩は猫のような俊敏さで俺に飛びつき、押し倒したのだった。

後日談である。
問題の日を終えた次の文芸部の活動にてのことである。
諫酒先輩がドアを撥ね飛ばす勢いで部室に飛び込んできた。
「森下君、大変だ! 来ない!」
そう叫びつつ、折りたたみ式のパイプ椅子に腰掛け、
志茂田景樹の著書を読んでいた俺の横に来ると、
手近なパイプ椅子を手繰り寄せて、俺の横に座った。
「来ないって、何がですか?」
「決まっているだろう? 女の子なら皆来るはずのものだ」
そう言いつつ、先輩はうつむき加減にもじもじとし始めた。
それまで呆然としていた部室の空気が、一瞬にして敵意に満ちたものに変わった。
いや、悪意と呼ぶほうが正しいかもしれない。
男子部員からは嫉妬の眼差し、女子部員からは非難と憎悪の眼差しが一挙に向けられた。
「せ、先輩・・・・・・、一体、何が来ないんです?」
さっきも問うたはずの言葉が再び口を突いて出る。
「君は私に公衆の面前で、あの言葉を言わせるつもりなのか?」
やや顔を赤らめながら先輩は言う。
だが、時間の経過と共に思考が正常化し始め、記憶を手繰り寄せるにつれ、
俺は自身の潔白を改めて確認した。
「先輩。あなたが周囲に誤解させようと思っている単語について、
少なくとも俺は身に覚えがありません! 
一体何が来ないんですか! はっきり言ってください!」
「嫁入り前の娘にそんな発言を強要するとは、君もなかなかいけずだな」
「黙らっしゃい!」
一喝をくれる。
「鬼畜!」
「森下君、変態!」
外野からまで野次が飛び始めた。
だが、先輩が視線を飛ばすと、彼女らは凍りついたかのように野次るのをやめた。
そして、諫酒先輩はおずおずと口を開いた。

「だ、第二次性徴・・・・・・」
「女子だけじゃなくて男子にも来るでしょうが、それは!」
思わず突っ込んでいた。
「しかし、私は限定の助詞を使った覚えはないが・・・・・・」
「ええい、そんな言い逃れは無用!
自身の体格がアレなことの因を他人に押し着せ、
あまつさえ我輩を貶めようとしたその性根、きっちり叩きなおしてくれましょうぞ!
そこに直りなさい!」
相変わらず、我輩とは誰のことだろうか。
後で散々に苛まれる自問をものともせず、
俺は先輩をリノリウムの床に正座させ、
その差し向かいに同じく正座し、腕組みで小一時間にわたって説教してしまったのだった。
その時、先輩が俯きながらに笑みを浮かべていたと聞いたのは、また後日のことである。
この日を境に森下と諫酒先輩はただならぬ関係であると、
多くの生徒の耳にいることになってしまった。
これが先輩の陰謀であることを知ったのは、それから大分経ってからのことだった。
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