3

?・?
「君のことが好きなんだ。私と、付き合ってほしい。」

「…………は?」



先輩の唐突な告白に、僕は部屋の時間が止まったかのような錯覚を受けた。


イッチニー、イッチニー、とグラウンドから聞こえる運動部の掛け声が、まるで別の世界のもののようだった。





その日はちょうど、僕が所属している図書委員会の役員任命式と、引継ぎ作業が行われていた。
我が校は中学校にしては図書室が広く、蔵書が充実していると評判であり、
それを支える図書委員会も大掛かりな組織として機能している。

巷で聞くような、図書室でドミノ倒しをして遊ぶ生徒だのはもちろんおらず、
大半の生徒は静かに、貸し出し、読書、あるいは自習のためにこの図書室を利用していた。
そして、中学三年生は夏休みを前にして委員会を引退するのが決まりであり、
委員長以下三年生の役員は、二年生に役職、業務の引継ぎをして、委員会を去っていくのである。

「???以上を以って、二年一組、富永 祐樹(とみなが ゆうき)を、次期図書委員長に任命する。」
ぱちぱちぱちぱち。
周囲の小さな拍手の後、僕は頭を下げ、委員長???いや、前委員長である谷中 朝日(たになか あさひ)先輩から、
<図書委員長>と書かれた水色の腕章を両手で受け取った。

「これから一年、頼んだね。富永君。」
「ありがとうございます。お疲れ様でした、谷中先輩。」

とまぁ、こういったごく普通の運びで、僕は委員長という大役をおおせつかった。
ここまでは、任命式という特別な行事ではあるものの、いつも通りの風景だったのだ。

谷中先輩は、短めの黒髪を肩口に揃え、フレームなしの薄い眼鏡をかけて、
ほとんどの場合文庫本を片手にしている、いわゆる文学少女だ。
そしておそらく、過半数の人間がこの4文字の真ん中に「美」をつけることだろう。
かく言う僕も、そうすることにやぶさかではないが。

物静かながらも、やるべきことをやり、言うべきことを言う。
そんな冷静な姿は、まさに図書委員にふさわしい。
などと、教師の間でもささやかれているという噂があるほどだ。
一人委員会、とまではいかないが、この一年間の生徒会は谷中先輩でもっていたといっても過言ではない。
他の先輩方も決して仕事をしていないわけではないが、最終的なミスの修正、
欠陥の指摘などは、ほとんど谷中先輩が行っていたようだった。

 ちなみに、僕が委員長に選ばれたのは、ただの多数決だ。
特に3年の先輩方からの得票が多かったらしく、恐悦至極である。
もっとも去年の委員長を決める際には、投票において9割近くの票を一人で集めてしまったというのだから、
これを手放しで喜んでいいのかどうかは疑問なのだが。

まぁとにかく、今日この日を以って、僕は谷中朝日という完全無欠に図書委員長たる先輩から、
委員長職を拝領することになったのである。


各役員の任命の式が終わったあとは、役員の引継ぎ作業が始まった。
前委員長は新委員長に、前副委員長は新副委員長に、前書記は新書記に、といったように、
各役職の、なってみなければ分からないであろう細かな注意点などを、直接教えてもらうのだ。

そういうわけで、僕と谷中先輩は図書室の一角、図書委員会室と呼ばれる部屋にかれこれ数時間もふたりきりだった。
しかし、いくら谷中先輩がしっかり者だからといって、委員長の引継ぎに先生が立ち会わないというのはどうなんだ……?
まぁ、それだけ谷中先輩が信用されているということなのだろう。

「希望図書を新しく入荷するときには、このファイルに値段と日付を忘れずに記入するんだよ。
これを元に毎年の予算が決まるわけだから、ミスがないように注意してね。それから……」

 整然と説明をこなしていく谷中先輩。時折くい、と眼鏡を直す仕草が、
肩までの黒髪とあいまって清楚な雰囲気を作り出している。
谷中先輩のようなかわいい先輩と一緒に作業ができるなんて役得だなぁ、
でも歴代の委員長はほとんどが男子だったはずだから、先輩たちはこんな役得無かったんだろうなぁ???
などとぼうっと考えていると、ぽか、と丸めた書類で頭を叩かれた。

「もう、聞いてる?」
言って頬を膨らませる先輩。そんな小さな仕草の一つ一つが、小学生のように小柄な先輩に似合っていて、
小動物的でまたかわいらしい。もっとも、本人は無自覚なのだろうが。

「明日から富永くんが委員会を引っ張っていくことになるっていうのに・・・ これじゃあ心配だよ。」
「すいません先輩。ちょっと考え事してました。」
素直に謝る僕。
「考え事、ねえ。委員長職の引継ぎより大事なことなんて、何なのかな。」

いつものクールな表情に戻り、皮肉げな口調で言う先輩。
まさか「先輩の可愛さについて考えてました。」なんて言えるはずもなく、
「いや、まぁ、その・・・すみません。」などと、適当に言葉を濁した。

「まったく。富永くんって、どこかマイペースだよね。全然書類が進まない日もあれば、
他人の何倍も仕事をこなす日もあるし。」
ま、そこがいいところでもあるんだけどね、と先輩は付け加えた。
「はぁ・・・すみません。」
けなされたのか誉められたのかよく分からないので、とりあえず謝ってみる僕。
「ん。よろしい。」
満足気に先輩が頷いたところをみると、この対応で当たりだったようだ。

「まぁとりあえず、新着本についての対処は理解できました。委員会の指令系統、
先生との連絡事項についても聞きましたし・・・引継ぎはこんなものでいいんじゃないでしょうか?」

気付けば、既に外は赤く染まり始めていた。
今日始めの役員の任命式が昼下がりに行われていたことを考えても、
かなりの時間引継ぎ作業を行っていたことになる。

「そうだね……確かに、伝えるべきことは全部伝えちゃった、かなぁ。」

何故だか残念そうに言う先輩。
まだ自分の仕事に納得がいっていない、ということだろうか。
きちんと仕事をこなす先輩らしい。

「まぁ、もし分からないことがあったら訊きに行きますから。
先輩もそろそろ疲れたと思いますし、今日はこの辺にしておきませんか?」

流石に、もう遅い時間だし。
とりあえず僕はそう言って、机の上の書類の束を片付け始めた。


どうやら先輩もそれで納得したらしく、しばらくは一緒に片付けをしていた。
とんとん、と紙の束をまとめ、取り出した本を元の位置に戻し、パソコンの電源を落とす。
そんな作業をしていると、先輩が不意にこう言った。

「そうだ、もうひとつ君に見せなきゃいけないものがあったんだ。」 
そう言って先輩は、すたすたと委員会室の隅の棚の方に歩いていく。
その棚は委員会室で一番大きく、年季の入ったもので、数え切れないほどのプリントやファイルがしまってある。

「僕に見せなきゃいけないもの、ですか?」
「うん、そう。ちょっと待っててね。えーと……」
言って先輩はまず、横に畳んで立てかけてあった脚立を運んできて、それを開いた。
そして一段、二段とそれを登っていく。どうやら、見せたいものというのは棚の一番上にあるようだ。
登っていく、のだが……

先輩の身長は僕の肩くらいまでしかない。
そんな先輩が大きな棚の一番上にあるものを取ろうとすると、必然的に脚立をかなり高く登っていくわけで。
ちなみに先輩は今制服を着ているわけで。
女子の制服は、勿論スカートなわけで。

「せ、先輩!僕が取りましょうか!」
慌てて言う僕。既に先輩は、かなりきわどい位置まで登ってしまっている。
先輩が動くたびにひらひらと揺れるスカートが、どうしても目についてしまう。

「何で? 大丈夫だよ。……あ。」
こちらを振り向き、何かに気付いたように言う先輩。
「……もしかして、見えた?」
恥ずかしげにスカートを押さえながら、先輩は言った。
もっとも「恥ずかしげに」というのはあくまで仕草の話であり、表情はいつものクールなものだ。
見ようによっては怒っているように見えなくもない。

「いやいやいや、まだ見えてないです、大丈夫です。ですから、僕が代わりにやりますよ。」
更に慌てて否定する僕。
谷中先輩のそんな場面を目撃したと言う噂が立てば、僕は何人の先輩、あるいは同級生にボコにされるか分かったものではない。
「ふぅん、そっか。」
そっけなく言う先輩。やばい、怒らせたか……?
しかし、その予想はハズレだった。先輩はその後、とんでもないことを口にしたのだ。

「じゃあ、見たい?」
見たい? って、え?何言ってるんですか先輩?
というか、何でそんな高い位置でそろそろとスカートを持ち上げてるんですか?
まずいって、それはまずいって!

「せ、せせ先輩。何やってるんですか!まじでみ、見えちゃいますから!」
テンパって言葉にならなかった気もするが、辛うじてそれだけ言葉にして、僕はぐるっ!と後ろを向いた。
なんなんだ、この展開。あまりの疲労で僕は幻覚でも見ているのだろうか?

「ごめんごめん、冗談だよ。好きでもない人にそんなことするわけないでしょ? こっち向いてよ。」
後ろから、いつも通りの冷静な声がする。
正直、まだ僕の心臓はばくばくいっていたが、「好きでもない人」という言葉で軽く
傷ついたこともあり(情けないが)、少し平常心を取り戻した。ふぅ、と一息ついてから、先輩の方を振り返る。
「冗談きついですって…… って、先輩!?」
振り返りながら言う僕の目に映ったのは、脚立の上でバランスを崩し、こちら側に倒れてくる谷中先輩の姿だった。

「危ないっ!」
先輩がぐらり、と体勢を崩すのがスローモーションのように見えた。このままだと、床で頭を打ってしまうかもしれない落ち方だ。
幸い、先輩はこちら側に倒れてきていたので、僕はその下に入るようにして、先輩が床に直接落ちるのだけは阻止した。
小柄な先輩は見た目どおり軽く、下敷きになった僕も大して痛くはなかったので、狙い通りと言えただろう。

ただ一つ、先輩の顔が、僕の顔の間近にあることを除いては。

夕日に照らされているせいか、若干朱に染まった先輩の顔はなかなかレアで、妙な魅力を放っている。
しかも体勢が体勢だ。倒れてくるところを下に入ったので、先輩が僕に覆い被さるような形になってしまっている。
先ほどまでの妙な言動もあいまって、僕は恥ずかしくて先輩の顔が直視できなかった。

しかし、なぜか先輩の方は動こうとしない。
「え、えっと、谷中先輩……そろそろどいてくれると助かるんですが……?」
なんとか平静を装ってそう言う僕。先輩は体格が小柄で軽いので肉体的には平気だが、この状況が続くと精神的にはそろそろ危ない。
しかし先輩の返答は、
「何で?」
と首を傾げて短く言うだけで終わってしまった。

「え、いや、何でって……そうだ、見せたいものがあるって。危ないですし、僕が代わりに取りますから、」
もう自分でも何を言っているか分からない。
思いついたことを順に口に出しているばかりである。やわらかい先輩の体、いい香りのする先輩の髪。
それらをどうしても意識してしまい、心臓は全力疾走をした後のように早鐘を打っていた。
しかし、その心拍数を更に上げる言葉を先輩は言い放つ。

「もう、富永君、にぶいなぁ。見せたいものっていうのは、私の本音だよ。」


そして、時が止まる。


「君のことが好きなんだ。私と、付き合ってほしい。」


「…………は?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった僕を誰も責められまい。
何せ、発言者があの谷中先輩だ。

「え、えと……これも冗談ですか?」
口に出してすぐに、この発言は失敗だったと感じた。
谷中先輩がこんな嘘を言うはずがないことは、分かりきっていたことだからだ。
「富永君、本気で言ってるの? さっき言ったでしょ、『好きでもない人にそんなことするわけない』って。」
怒っているのか、先輩は少し非難するような口調で言った。あ……あれは、そういう意味だったのか。しかし……

「それに、私はずっとアプローチしてたんだよ? この一年で、私と富永君の二人で作業する機会が、どれだけあったと思う?
どれだけ私がそんな機会を作ろうと努力したと思う?」
「え? えっと……」
その言葉に、今までの委員会でのことを思い返してみる。

……前言撤回。
素っ頓狂な声を出してしまったことは責められて然るべきかもしれない。
うわ。
うーわー。
やけに先輩と一緒になることが多いなあと思ったら、そういうことだったのか。じゃあ、今バランスを崩したのもわざと……?

「ま、そんなところも好きなんだけどね。」
混乱している僕の気持ちを知ってか知らずか、僕の目を見て、淡々とそう言う先輩。
「それで、返事を聞かせてくれるかな?」
谷中先輩は真剣なまなざしで、僕を見つめてくる。
もちろん、僕の方に断る理由などあるはずもない。ずっと憧れつづけてきた先輩である。
というか、正直に言ってしまえば僕も、先輩のことはずっと好きだったのだ。
だから、ごく素直にこう答えた。

「あ、あの……ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
あれ、ふつつか者って男が使ってもいい言葉だっけ、というかそもそもこういうときに使う言葉だっけ、
などと回らない頭で考えていると、

気付けば僕の顔の横に、先輩の顔があった。

「え、わっ!」

どうやら、僕の首に腕をまわして、抱きしめるようにして倒れこんできたようだ。

「嬉しい。嬉しいよ、富永君。」
谷中先輩は、そのままぐりぐりと僕にほおずりをしてきた。
先輩の肌はすべすべで、ぷにぷにで、子供がじゃれているような、
というと失礼かもしれないけど、とにかくそんな、心地いい感触だった。
やわらかくて、やさしくて、とても女の子って感じがする。
体温が高いのか、とても温かい。
それに、さっきも感じたことだが、先輩の髪はなんだか良い香りだ。
このままだと、なんだか変な気分になってしまいそうだ。
ぐりぐり、ぐりぐりとしばらくは為すがままにされていた。
しかし先輩は、いっこうに擦り寄ってくる動きを止めようとしなかった。

「あ、あの、先輩。僕もすごく嬉しいんですけど、その、そろそろ起き上がりませんか?」
こんな状態(男子の上に女子が覆い被さって首に手をまわして抱きしめ、一心不乱にほおずりをしている)
を誰かに見られようものなら、僕の残り一年半の学校生活が大変なことになってしまう。

「ん、そっか。ごめんね、嬉しくって、つい。」
その口調は相変わらず平坦で冷静なものだった。
しかし、先輩の顔に少し笑みが浮かんだのを僕は見逃さなかった。
ほんとうに喜んでくれているのが分かり、こちらも嬉しくなる。
しかし、相変わらず先輩は僕の上からどこうとはしなかった。

「えっと、先輩がどいてくれないと、僕動けないんですけど……」
「じゃあ、最後にぎゅっ、てしてくれたら、どいてあげる。」

その一言に、僕の頬にぼっ!と熱が集まったのが分かった気がした。
今まででも充分熱くはなっていたのだろうが、止めをさされた気分だ。
しかし、谷中先輩のことだ。目的を達成するまでどいてはくれないのだろう。
先輩の方をみると、いつもの表情のままで、僕をじーっと見つめていた。
なんで僕だけこんなに恥ずかしがってるんだろう……悔しいじゃないか。
そう思いながらも、僕はおそるおそる先輩の背中に手を回し、そっと抱きしめた。

「もっと強くてもいいんだけど……ま、いっか。まんぞく。」
そう言って、先輩はやっと離れてくれた。
もう何時間も先輩とくっついていたような気がする。
床に倒れこんでいたせいで、僕も先輩も服は埃やら何やらで汚れてしまっていた。
二人とも、ぱたぱたと制服をはたきながら起き上がる。
「そ、それじゃあ、今度こそそろそろ帰りましょうか。もう外も暗くなってきていますよ。」
さっきまで夕方だったと思ったが、もう日も沈みかけている。
きっとそろそろ、校舎も施錠が始まる時間だろう。
「あ、そのことなんだけど。」
そこで一旦言葉を区切って、先輩は言う。
もう今日何度目になるのか分からない、僕を大いにうろたえさせる一言を。

「これから、私の家に来ない?」

「…………へ?」

「晩御飯、ご馳走するから。」

沈みかけている夕日をバックに、先輩の眼はまっすぐ僕の眼を見つめ、真剣に願いを訴えかけていた。

?ちょっとだけ続く?
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