「困るなあ。壮馬サンに解らないってのに、俺に解るわけないじゃないすか」 案の定、同じ答えを返された。 「でもプレゼントかぁ。俺も何かあげようかな。そんでもって、あわよくばアレコレと……」 「ははは。迂闊に手ぇ出したら、顔面砕けるぜ。アイツ容赦ねぇとこあるから」 にやける龍也に忠告する。 「そーいや壮馬よぉ。あの娘、最初はお前を殺しそうな勢いでつっかかって来たんだよな」 「原因は知ってんだろが、十字。誤解だよ誤解。……解けてからも、急所狙い日常茶飯事が暫く、ってのは勘弁してもらいたかったが」 全員に怖気が襲い、三人揃って股間を押さえる。 「怖っ……にしても、今じゃ聖奈ちゃん本当に懐いてますよね」 「時期移行型、もしくは元祖だな」 「何のこっちゃ。まあ、人徳だわな。重要なのは、過去ではなく現在。そして未来だと思うワケよ」 「そうそう、そーゆーモンすよね。昔なんかどーでもいーんですって。あーもう、俺もあんな娘に好かれてえ!」 「羨ましいだろう」 「そりゃもう! 換われるもんなら是非!」 拳を握り力説。目をキラキラ輝かせている馬鹿一人。 一通り話に花を咲かせた後、案を煮詰めていく。そして辿り着いた答えはというと。 「ぬ、ぬいぐるみ……とか?」 「いっそ花束とか」 「…………」 「…………」 「…………」 「三人寄らば……」 「文殊の知恵、とはいかないもんだな」 暖房の効いている食堂に、木枯しが吹く。 「何か適当に定番から見繕うわ」 「そーしとけ」 「やっぱハズレが無いってのは、デカイすよ」 敵は強大だ。大の男が雁首揃えて情けない。 壮馬は席を立ち、暫くしてからカップを二つ手にして戻ってきた。 「ほれ、礼だ」 「あ、すまねえっす」 「なあ……龍也が紅茶で、オレはまたも青汁って、イジメ? イジメだな? 疑う余地も無くイジメだね?」 「グッとね……――ッしゃ!」 十字は立ち上がると、腰に手を当て、天を仰ぐように一気に飲み干す。 その姿、風呂上りの如く。 「っかぁ〜〜……ぁ?」 糸の切れた操り人形のように、力が抜けて椅子に崩れ落ちる。 「うっわあ!? じ、十字サン!?」 「おー、こりゃまた見事に落ちたなあ」 「い、今、凄え音しましたよ? ゴンって、テーブル破壊する勢いで!」 「さっきから眠り薬仕込んでたんだが、漸くか。味を誤魔化す必要無いから楽だったぜ」 怖いことを言う人だ。 「どんくらい入れたんすか?」 「普通の十倍くらいかな」 「殺す気ですか!」 「何、馬鹿なことを。俺はこの程度じゃ死なんぞ?」 「アンタと一緒にせんでください!」 まあ実際、平気なのだが。 十字は十字で、壮馬ほどでなくとも常人離れしている。寝不足+十倍で漸くといったあたりからも、それは窺えるだろう。 壮馬も、そのあたりは計算ずくで行動している。おちゃらけていても、しっかり考えているタイプなのだ。 「ま、これで寝不足ともオサラバってワケでな」 根を詰めすぎるくらいなら、あえて眠ったほうが効率がいいものだ。 目覚めた後の彼は、時間が人を左右するのではなく、人が時間を左右するものだと、身を持って証明してくれるだろう。 「じゃなくて、良い子が真似したらどーするんすか」 「此処の何処に良い子が居るってんだ?」 そうだ。こういう人なんだ……。 「よっし、部屋に運ぶぞ」 「へーい」 手伝いながら、龍也は説得を諦める。どうせ十字の部下達にも、連絡済みに違いない。 良い意味でも悪い意味でも、余人の計り知れないところで物事を突き進む人。それでありながら、自分の言動がどのような影響を与えるか知っている人。 天然かつ狡猾。超人の領域に足を突っ込んだ、底の知れないマイペース。それがこの男。 「コイツの仕事も、ちっとばかし片付けといてやるか」 「そっすね」 ぐったりとしながら鼻提灯膨らます図体のでかい男を、野郎二人が引き摺っていった。 時期にあわせ、煌びやかに飾りつけされた洒落たレストランで、一組の男女が食事をしている。 「理由は話した通りだ。お前に助力を請いたい」 「阿呆」 言いのけられた。 「しかしな、沙夜。女の中じゃ、お前を一番信頼してるからなんだぞ」 「ありがとう。けど、食事に誘っておいて、他の女のこと頼むのって、デリカシーがどうとかの問題じゃないでしょ」 「埋め合わせは、ちゃんと考えてあるさ」 「はいはい。とびっきりのを待っててあげる。……ったく、期待して損した」 沙夜は、これみよがしに溜め息を吐く。 壮馬同様、当初の彼女の予定も立ち消えた。タイミングよくお誘いが来たのかと思えば、肩透かしもいいところだった。 長い髪を一つに纏め、きっちりとスーツを着込んだ知的な美女。壮馬よりかなり年下だが、余程大人の雰囲気を漂わせている。 そして壮馬が、そんな仮面など無視して、どんどん内面に踏み入ってくる。 解っている。この男は、自分が我が侭を受け入れることを知ってて頼み事をしている。悪意が無いのが性質が悪い。 「すまねえな。やっぱお前良い女だよ」 「何であんたみたいのと関係しちゃったかな……」 屈託の無い笑顔を正視できず、顔を背ける。 付き合い始めて五年。今では、あえて距離を置き、付かず離れず大人の関係。こんな厄介ごとを持ち込まれるのも、それに文句たれるのも毎度のことだ。 (気付いてるだろうなあ、コイツ) 他人をいぢめるのが、楽しくてしょうがないのだろう。 腹が立つのは、それを受け入れてしまう自分。 「何時までもガキなんだから」 「ん?」 「別に。いいよ、どうせ暇だったし」 「サンキュ」 そして何より腹が立つのは、ここでさらにお節介をしてしまう自分。 「それと、プレゼントだったらアクセサリーがいいと思う」 「へえ。何でだ?」 「あの娘も女だってコト。服装は実用重視だし、オシャレに興味は無いにしても、細かいところは無意識に気を使ってるの、この節穴共」 そういえば、シルバーのアクセなどは、よく身に付けているようだ。あまり目立たず、マッチしすぎているので、そちらに気が回らなかった。 だがこの様子では、そのアクセサリーすらも地味と言わざるを得ないだろう。あまり印象に残っていないのだから。 「成る程。知恵まで貸してくれるとは、サービス良いな」 「乗りかかった船だもの」 「そんじゃ、当日は頼むぜ」 「了解」 そして当日。聖奈の部屋に、沙夜が訪れていた。 約束まで、あと数時間。その準備のために、沙夜は駆り出されていた。 自前の服を次々取り出し、着せ替え人形のように一人だけのファッションショーをする。 「別に普段着で良いのに」 「駄ー目。折角のデートなんだから、おめかししないと。……と言っても、アイツは普段着だろうけど」 「ねえ。沙夜は、壮馬の恋人――」 「ってワケでもないけど、昔はね。パートナーというか、腐れ縁というか、ちょっと複雑かな」 しかし、好意を持っていることは間違いない。そして心理的には、最も近い位置にいる。なのに、嫌な顔もせずデートの準備を引き受けるのは何故だろうか。 「アイツのやる事為すこと、一々気にしてられないでしょ。それに女の子は、応援してあげないとね。……好きなんでしょ?」 「ん、まあ」 「もう仕方ないことだけど、よりによってあんなのにねえ……苦労するよ」 経験者は語る。 大事にしてくれるし、実は細かいところで色々気を使ってくれている。けれど、掴めない。飄々として、どうにも一方通行だ。加えて、結構女好きだし。本当の意味で浮気性というわけではないのが救いか。 哀しいが、生粋の自由人なのだ。 「はい、これで終わり。それじゃ、次はお化粧しようね」 「だから別に。服も替えたし、スッピンでも……」 「アイツ、軽い化粧の女の子が好きなんだけど」 「教えてください」 沙夜に玩具にされながら、最低限の嗜みを教え込まれる。 そして、運命の時は来る。 「はい、完成ー」 「ほっほーう。お見事、沙夜。化けるモンだなあ」 「見違えたか?」 「おおよ。上出来上出来」 聖奈の問いに、壮馬は笑って答える。心なしか、聖奈も頬を染める。 黒い薄手のセーターにミニスカート、白のロングコート。長いマフラー。シンプルかつ可愛く纏まっている。普段の洗いざらしとは大違いだ。 目付きの鋭い印象もメイクで緩和され、一見した取っ付き難さもなくなっている。薄く引いたルージュが、なかなか艶やかで色っぽい。 素材が良いため、最小の手入れと、最大のバランス感覚によって、絶妙の味に仕上がっている。 対して、沙夜の予想通り、普段着全開のデリカシー皆無な男。 「さ、聖奈ちゃん、行ってらっしゃい」 「いや、ちょっ」 沙夜に背中を押されるが、 「何言ってんだ。沙夜、お前も来いよ」 「壮馬……言ってなかったのか?」 「はぁ!?」 引っ張られて向かった先は……。 「――って、何でみんなで街に繰り出してんの!?」 「聖奈は、お祭り騒ぎなの初めてだろ? だから、予定の無い連中掻き集めた。んで、お前への埋め合わせもな」 「うわぁ……」 それはつまり、恋人いないのを公言してるに等しいわけで……。 何も気にしていない者、狩人の目の者、いっそ開き直っている者。男女混合十数人のメンバーが、それぞれの在り様で参加している。 「畜生、チクショウ、ちくしょう、ここまで来て! ここまで来て……っ!!」 「小人さんって、本当にいたんだな……」 つい昨日受けたショックを残し涙する龍也や、仕事に区切りが付き、目がうつろな十字まで混ざっていたりする。 イルミネーションされた街をゾロゾロと練り歩き、ショッピングをしたり、食事をしたり、ごく普通の遊びをして過ごす。 大騒ぎしての鬱憤晴らしは、街の雰囲気もあって盛り上がる。 たった数時間の、日常的な非日常。 夜も更けて、煌びやかな夜を眺めて歩く。 「どうだ聖奈、楽しんでるか?」 「ああ。おかげさまで」 「二人とも、どういうコトよ」 沙夜が不審な顔で語りかけてくる。 「いやな、さっき説明した通りなんだが。本人の希望でよ」 「二人きりっていうのも、少し捨て難かったケド」 「はっはっは、大人になったらな」 「一応、二十歳なんだが」 「まだまだ。それでも俺より一回りは年下なんだし、もちっと我慢しな。心身ともに大人になったら、ちゃんと相手してやるよ」 言葉通り、頭をぽんぽんと叩いて子供扱いする。 「むぅ……」 悔しいが、自覚しているだけに言い返せない。言ってる本人の中身は子供っぽいのに、妙な説得力がある。 今は、妹のようなポジションに甘んじるしかない。 「しかし逆に言えば――」 「いいぜ。早く大人になれば、明日にでも可愛がってやるさ。……おおい、そこの二人、何時までテンション下げてんだー?」 大声を上げて、十字と龍也へ駆け寄ってしまう。一番楽しんでいるのは、間違いなく彼だ。 そんな壮馬を眺めて、聖奈と沙夜は苦笑する。 「やれやれ」 「まったく……成る程、大変だ」 「いい? 適当なところで手綱を握る術を覚えないと、もっと大変になるからね」 「ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします」 「女なんて……女なんて……」 「まぁま、新しい女見つけりゃいいじゃねえか。折角の日に、しょげてんじゃないよ」 「昔話ってのはさ、正直者のお爺さんには、必ず良いことが起こるもんなんだよな」 「お前は、いい加減目ェ覚ませ……っと、ほれほれ。絶妙のタイミングで、前方三十メートルに女子三人組発見!」 しかも上玉だ。 その瞬間、二人の瞳に光が戻る。 「中央、身長百六十三センチ。スリーサイズ、上から八五・六〇・八八!」 壮馬が、 「向かって右、身長百五十七センチ、七九・五五・七八!」 龍也が、 「左、百六十一、八三・五九・八五!」 十字が、 「よし! 二人とも、行くぞぉ!」 「おおッ!!」 「我らのトライアングルアタックを見せてやる!」 漢の誇りにかけて、一つの戦いに挑んだ。 「そこを行くお嬢さん方」 「俺たちと」 「めくるめく聖なる夜を過ごしませんか?」 正面、右向き、左向き。それぞれ得意な方向から、得意の決めポーズで、とびっきりの笑顔を見せる。白い歯を、輝かせることも忘れずに。 後光が差すほどの魅力に、三人の女性は、思わず見惚れ忘我する。あまりの威力に、女神様も吃驚だ。 たとえ神であろうとも、全ての女性を魅了する。これぞ必殺、トライ・アングル・アタック! 「はいはいはいはい。ブリザードを吹かすんじゃないの」 「私が認めただけあって、なかなか良い度胸をしているな」 「あででででで! 耳、耳を引っ張るな!」 連行される男を、五人は呆然と見送る。 「あ、あははは。数が減っちゃいましたね」 「それじゃ、失礼しまーす」 「お兄さんたち、黙っていればハンサムですよ」 十字と龍也は、手を振って見送る。 女の子たちが見えなくなったところで、拳を握り、決意を新たにする。 「夜は長い。まだこれからだ!」 「そうだとも。負けるな、龍也! オレたちの戦いは、まだ始まったばかりだ!」 諦めない勇気が、新たな彼女を手にすると信じて。 応援ありがとうございました。彼らの次の戦いにご期待下さい。 「解った、わぁかった、解ったから離せ、な!?」 「まったくもう」 「少しは反省しろ」 「ぁ痛って!」 乱暴に腕を振って――洗濯バサミが離れるように――耳が解放される。 「埋め合わせするなら、ちゃんと責任取る!」 「壮馬に放っておかれると、この日を楽しめなくなる」 「スマンスマン」 涙目になりながらも、それを楽しむように笑う。だから憎めない。 聖奈は左腕を、沙夜は右腕を取って、背の高い男をそれぞれ下から覗き込む。 「それじゃ、今夜はみんな解散してからも、朝まで付き合ってよ」 「何件ハシゴしようか?」 「お、いいねぇ。潰せるもんなら潰してみな」 二人を持ち運ぶように、振り回すように、壮馬が走る。両脇の二人は、はしゃいで足を浮かす。 そうして、再び皆と合流する。 楽しい夜は、まだまだ続く。 聖奈の胸元には、紅い宝石のペンダントが輝いていた。 |